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「生徒証届けに来たんやけど……あれ、もしかしてまだ留守か」
生徒証?!
ドアの向こうで聞こえた呟きに、俺は慌ててドアに駆け寄った。
焦って鍵を開けて勢いよくドアも開け放てば、立ち去ろうとしていたのか荒神先輩が背を向けて立っていた。
「おお?!
なんや、いたんか菅井くん」
「あ、はい」
振り向いた荒神先輩は屈託のない笑顔を浮かべた。
くそぅ、何なんだこのイケメン……。
そう思いながら歯軋りしたくなったのを抑えていると、荒神先輩は生徒証を差し出した。
間違いなく、写真写りの悪すぎる俺の生徒証。
「落としてったやろ?
生徒証なくしたら困るでー、ちゃんと持っとき」
「ありがとうございます……わざわざすみません」
「ははっ、『すみません』は言わんでええって」
声を出して笑う荒神先輩から生徒証から受け取って、よく分からない違和感を覚えた。
なんかおかしい。
「もう落とさんように、な?」
「……はい」
おかしい。
どうしても引っかかる。
「じゃあ、用はそれだけ……」
「訊かないんですか?」
遮るようにそう言えば、荒神先輩は「ん?」と首を傾げた。
「なんで生徒証を落としたのか、とか……。
俺、勝手に弓道場からいなくなったのに、何にも言わないんですか」
荒神先輩からしたら、俺は「自分から弓道部の見学に行きたいと言ったくせに何の挨拶もなしに帰って行った、態度の悪い転入生」じゃないのか?
実際は無理矢理連れ出されたんだけど。
こんなの誰だっておかしいと思うはずだ。
なのに荒神先輩は何も言わないで、生徒証を届けに来ただけ。
絶対おかしいじゃん。
「……そーやな。
俺は別に何も訊かへんよ?」
少しの間をおいて、荒神先輩はにっこりと笑った。
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