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それは私が十歳の頃…
いつもより大きく輝く春の月に誘われる様に、夜の世界へと踏み出した。
宛もなく市中を散策する。
月に導かれる様にフラフラと…
其処は、私が住む場所から些程離れては居なかったが、人が住んでいるかも怪しい古びた邸だった。
古い邸だからかもしれない…
その邸の庭に生えていた桜の大木が やたらと目に付いた。
淡く、優しい月の光に照らされた桜の花弁か春の雨の様に降り注ぎ、自然と私の足は その邸内へと吸い込まれてた。
十歳やそこらの子供の身長では、どんなに見上げてもその頂までは見ることは叶わないのに…
それでも桜色の花吹雪に包まれながら、私はひたすら桜の大木を見上げていた。
どれ程の時間、見惚れていたのか…
まるで、自分の周りだけ時が止まった様な錯覚に陥っていたのかもしれない。
「ふふっ…そんなに熱心に見詰められたら、桜の木も恥ずかしくなってしまいそうね…」
そんな揶揄い混じりの声を聞いて初めて……視線を落としたのだから。
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