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 名刺には“市川彦摩呂”とあった。  なんだ、別人か?  それにしても雰囲気が山川くんに似ている。 「今日は今からデートですか?」  市川が、パチパチ瞬(まばた)きをしながら言った。  「いえ、急に彼に仕事が入ってしまって……」  (私、なに言ってんだろう。知らない人に……。 それにしても睫毛の長さや、パチパチ瞬きするクセも山川くんに似てるなんて……)  「そうですか。私も今日の予定はキャンセルされたみたいな物かな? 」  「仕事ですか?」  「いや、フラれたんですよ」  頭を掻きながら寂しそうに市川が言った。  「落ち込まないで下さいね。 また素敵な出会いが有りますよ」  「ありがとう」  「では、これで失礼します」  明菜は、その場を離れようと1歩、踏み出した。  「あの、ちょっと待って下さい!」  「何でしょうか?」  明菜は振り返りながら呟いた。  「もし、用がなければ1時間ほど 付き合って頂けないでしょうか?」  「付き合うって……?」  「実は、この近くのジャズクラブのライブのチケットが2枚あるんです。 1人じゃ気乗りがしなくて……」  「ジャズですか! 私も大好きです。 1時間ぐらいでしたら大丈夫ですよ」  「やったー」  市川は小躍りして喜んだ。  その様子を見ていた明菜は苦笑した。  (そう言えば山川くんも身体全体を使って喜びを表現していたなぁ……)  先ほど迄の明菜の憂鬱な気分は、何故か すっかり消えていた。
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