五章 1

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では何者なのか、と言うと、正確には客人であるのだが……正直に言うと単純に“家事を任せられない”のだ。 何故任せられないのか? それは、彼女が家事をすると……事件が起きる。 窓を拭けば絨毯が破れ、床を掃けば窓が割れる。 言い間違えではない。 本当に……どういう訳か……そうなるのだ。 そして、料理をすれば……『旧支配者(クトゥルフ)』が生まれる。 つまり、今まさに、彼女はクリーチャーを製造しているのだ。 止めねばなるまい。 死者が出る前に…… 私はキッチンの扉の前へ辿り着くと、一つ、息を吸って吐き、意を決して手を掛け、開く。 「……アミィ」 私が声を掛けると、彼女は此方の姿を確認し、満面の笑みを浮かべた。 「あ、カイン。どうしたの?」 「それは此方の台詞だ。こんな所で何をしている?」 私がそう訊ねると、彼女は、見て見て、と言いながら……得体の知れない何かを見せ付けてきた。 「重ねて訊ねるが……アミィ。その皿の上に乗った“名状しがたいもの”はなんだ?」 「チョコレートケーキ!」 「……私の知るチョコレートケーキとは随分様子が違っているな」 「流石カイン!分かる?なんと、このチョコレートケーキにはチョコレートを使っていないのだ!」 「それは最早チョコレートケーキとも呼べないではないか」 あれ、そうなのかなぁ、と言いながらアミィは首を傾げる。 「チョコレートを使っていないなら……何を使った?」 「コーヒー豆?」 「何故疑問符が付く?」 「うん?それっぽいものをスポンジに乗せて焼いたの」 「一応訊くが、スポンジとは……食器を洗うスポンジではないな?」 「大丈夫!ちゃんと使ってない新品開けたから!」 私は思わず額に手を当てて言葉にならない声を漏らす。 彼女に家事をさせるとこういうことになるのだ。 更に信じ難いことだが、彼女は幼い頃に両親を亡くし、此処に来る前は歳の離れた弟と二人で暮らしていたのだ。 このご時世、珍しいことではないが、弟は言葉も覚束ない年齢であった以上、ある程度は彼女が家事をこなさねばならなかったはずだが…… どうやって暮らしてきたのか……気になる所ではある。
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