21人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねぇねぇカイン」
私があまりにもショッキングな出来事に言葉を失っていると、アミィは話し掛けてきた。
「食べる?」
「食べない」
私の即答に対しアミィは、えぇっ!?と声をあげた。
「何で何で!?」
「一つ、良い事を教えてやる」
「何?」
「お前の使ったスポンジは食べ物ではないのだ。つまりその……チョコレートケーキ?は食べることの出来る物ではない」
彼女は再度、えぇっ!?と大袈裟に驚いて見せる。
実に白々しく、わざとらしい、芝居がかった驚き方の様にも見えるが、残念ながら、非常に残念ながら、彼女は“素”なのだ。
「ケーキのスポンジは食べれるよ?」
「それは『スポンジケーキ』という、この合成樹脂のスポンジを模した、卵黄を泡立てて作る立派な食べ物なのだ」
「ん?え?」
彼女の頭の上に数多のクエスチョンマークが飛び交っているのが目視できる。
彼女はとても聡明な女性ではあるのだが、何故かこういったことだけは理解してくれない。
と言うより、理解してくれるのであれば、こんな悲劇を繰り返すことなどない。
「アミィ。この……ケーキ?は失敗だ。諦めて部屋に戻りなさい」
「えー」
「戻りなさい」
「でも……」
「……と、お嬢からのお達しだ」
「……はーい」
そう言って、彼女は分かり易いくらいに肩を落とし、しょんぼりと調理室を後にした。
あそこまで落ち込まれると、此方としても少し胸が痛む。
彼女は純粋だ。
それこそ、無垢な少女と呼ぶに相応しい程に。
故に、お嬢からも、他のメイド達や街の人々からも愛されている。
そんな彼女を、悪気があってやった訳でも、そもそも悪いことをした訳でもないというのに叱らなければならないのは、あの極悪非道のお嬢ですら躊躇う。
……嫌な仕事を受けてしまった、と今更ながらに後悔する。
こんなことなら“殺し”をしている方が遥かにマシだ。
そんな事を思いながら一つ溜め息を吐いた時、響き渡る“ガラスが割れる音”を耳にし、再び私は頭を抱え、声にならない声を漏らした。
最初のコメントを投稿しよう!