五章 1'

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「此処に居なさい。私が迎えに来るまで絶対に出て来ては駄目」 母はそう言いながら私をクローゼットへ押し込んだ。 「でも……」 何かを言いかけた母は、その言葉の先を言い難そうに俯いた後、私に封筒を渡しながら口を開く。 「もし、一晩経っても私が迎えに来なかったら……この手紙を持って神父様の所へお行きなさい」 そう告げると、母は私を強く抱き締め、額にキスをする。 「約束よ。私の可愛い坊や」 そう言って名残惜しそうに私を見詰めた後、母はクローゼットの扉を閉めた。 涙に塗れた母の顔。 此れが、私の記憶に残る母の最後の姿だった。 それから、どれだけ時間が経っていたかは分からない。 幼かった私はただ震えていた。 そして、母との約束を違えること以上に、“二度と母と会えないかも知れない”という恐怖心に圧され、幼かった私はクローゼットを開け、外へと歩み出した。 ただ……まさかこの行為が、後の私の人生を左右する重要な行為だったと云うことを、この時の私はまだ知る由もなかった。 出るべきであったのか、母の言い付けを守るべきだったのか。 それは今の私でも判断はつかない。 家の中は、もぬけの殻だった。 そして私は屋外へと飛び出した。 そこで…… “見てしまった” 「……カイン?」 見覚えのある姿を。 「カイン!」 「……『アビー』?」 「カイ……ッ!?」 “返り血に塗れ” “ヒトガタの肉の塊を手にした” “……兄の姿を” 「アビー……此れは……」 「駄目よ、カイン」 何か言おうとしたカインの言葉を、どこからか現れた私と同じ年頃の少女が遮った。 「その身体以外、全てお捨てなさい。友人も、家族も、自らの意思すらも。それが私の眷属、“吸血鬼に成る”ということ。全て納得の上での“契約”だったわよね、カイン?」 少女の言葉を受け、カインは無言で俯く。 「そう、それで良いの。行くわよカイン。此処に用はもう無いもの」 「はい、カーミラ様……」 そう言ってカインは私を一瞥すると、気不味そうに目を伏せ、踵を返し、カーミラと呼ばれた少女と共に夜の闇へと姿を消した。
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