21人が本棚に入れています
本棚に追加
「此処に居なさい。私が迎えに来るまで絶対に出て来ては駄目」
母はそう言いながら私をクローゼットへ押し込んだ。
「でも……」
何かを言いかけた母は、その言葉の先を言い難そうに俯いた後、私に封筒を渡しながら口を開く。
「もし、一晩経っても私が迎えに来なかったら……この手紙を持って神父様の所へお行きなさい」
そう告げると、母は私を強く抱き締め、額にキスをする。
「約束よ。私の可愛い坊や」
そう言って名残惜しそうに私を見詰めた後、母はクローゼットの扉を閉めた。
涙に塗れた母の顔。
此れが、私の記憶に残る母の最後の姿だった。
それから、どれだけ時間が経っていたかは分からない。
幼かった私はただ震えていた。
そして、母との約束を違えること以上に、“二度と母と会えないかも知れない”という恐怖心に圧され、幼かった私はクローゼットを開け、外へと歩み出した。
ただ……まさかこの行為が、後の私の人生を左右する重要な行為だったと云うことを、この時の私はまだ知る由もなかった。
出るべきであったのか、母の言い付けを守るべきだったのか。
それは今の私でも判断はつかない。
家の中は、もぬけの殻だった。
そして私は屋外へと飛び出した。
そこで……
“見てしまった”
「……カイン?」
見覚えのある姿を。
「カイン!」
「……『アビー』?」
「カイ……ッ!?」
“返り血に塗れ”
“ヒトガタの肉の塊を手にした”
“……兄の姿を”
「アビー……此れは……」
「駄目よ、カイン」
何か言おうとしたカインの言葉を、どこからか現れた私と同じ年頃の少女が遮った。
「その身体以外、全てお捨てなさい。友人も、家族も、自らの意思すらも。それが私の眷属、“吸血鬼に成る”ということ。全て納得の上での“契約”だったわよね、カイン?」
少女の言葉を受け、カインは無言で俯く。
「そう、それで良いの。行くわよカイン。此処に用はもう無いもの」
「はい、カーミラ様……」
そう言ってカインは私を一瞥すると、気不味そうに目を伏せ、踵を返し、カーミラと呼ばれた少女と共に夜の闇へと姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!