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「ああ、ちょうど良かったよ。久留実ちゃんとこのボンクラくんにそれぞれ部屋に案内してやってくれるかい?」
なのに、どうやら違和感を感じてるのは俺だけらしい。
俺と久留実にかけてるフィルターそのままに他人を見る昭俊には期待してないが、その手の感覚には鋭い崎山さんの様子にも変化はない。
「ね、イイ人そうでよかったね……」
久留実に至ってはそんなふうに囁く始末だ。
とはいえ、それを否定する材料が俺の中にあるわけでもない。
……どうも、この間の怪我からこっち、感覚がずれてるのかもしれない。
「刹那さん……だったかな。
苗字は? ちょっと気になってね」
「……今はありません。私は失敗したんですよ、“結いの儀”に……。そのときに名は捨てたんです」
立ち止まり、振り返ったその表情は読み取れない。だが、その答えにさすがに息を飲んだ。
失敗することもあるとは知っていたが、その経験者に会う機会などないと思ってたからな。
で、気付くと久留実が俺を睨んでた。
この男の心情を慮(おもんばか)ってのものだろう。
「お気になさらず……。だから私はここにいるのですから……」
何が“だから”なのかは分からない。
たぶん俺らが自分の二の舞にならないよう、あの村瀬って人の手伝いをしてるのだろうが……。
「いや、配慮が足りなかった。申し訳ない。まだ本調子ではないんだ」
「ああ、まだ治りきってないんでしたね。よろしければこの奥に瞑想室がありますが、使われますか?」
……その方がいいかもしれない。魔力の流れのズレを修正しないと、万全の態勢とはいえない。
「頼めるか? あと、今夜のご飯も俺の分は抜きでいい」
「分かりました。では、キッチンに夜食用におにぎりだけ用意しておきますので……」
まるで俺の希望が分かってるかのような完璧な対応だ。
で、片や融通のきかないのが……
「ちょっと、優斗。まだ三時前じゃない。どんだけ籠る気よ」
「無茶はしないよ。ただ、後から悔いるのだけはごめんだからな。
おまえはゆっくりしてろ。俺がいないからって泣いてんなよ」
久留実の変わらぬリアクション。
膨れっ面からもれる「優斗の分も食べちゃうんだから……」の言葉を聞き流し、茶色い頭に手を乗せた……。
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