第16話 挿話6「保科睦月と僕」

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 バス停で降りたあと、睦月は僕の手を引いて、大きなスポーツ用品店に入った。運動のための衣服や道具がたくさん並んでいる。体を動かすこととは無縁の僕にとっては、どれも珍しいものだ。でも、仕方がないですよね。肉体的鍛錬よりも、精神的鍛錬の方が、僕は得意なんですから。体をいじめ抜くよりも、心を悩ませる方が好きなんです。エッチな気分をがまんしたり、手を出しそうになるのをぐっとこらえたり。僕の精神力は、そんじょそこらの人よりは一〇二四倍ぐらい強いですよ。 「ユウスケ。スイムウェアのコーナー」  睦月は、左手で僕の右手を引いている。余った右手で、フロアの一角を指差した。そこには、たくましい男性の半裸の写真や、引き締まった女性の脚部があらわになった写真が掲げてある。  水泳は、素晴らしい。肉体を解放して、水という敵に挑む。そして、応援する側は、その裸体と水の格闘に興奮するのだ。古代オリンピックでは、競技者たちは裸で戦いに挑んだという。きっと水泳は、その精神を受け継いでいるのだろう。僕は人類の一員として、人体の美しさを愛でていきたいと思う。  そんな僕の心の叫びに、気付いていないのだろう。睦月は僕の手を引いて、スイムウェアのコーナーに促す。そこにあるのは、どれも「真面目な水着」だった。「あぶない水着」は置いていない。ビキニとか、紐水着とか、そういった僕の期待した水着は一着もない。まあ、仕方がないよね。そんな格好で、睦月も校内をうろつくわけにはいかないだろうから。 「それで、どういった水着を買うんだい?」 「競泳水着」 「たくさん持っているだろう?」 「最近、胸が大きくなってきたから」  睦月は、そう言ったあと、恥ずかしそうにうつむいた。僕は、睦月の胸を見る。そういえば、少し大きくなったような気がする。当然だ。僕たちは成長期だ。そして、睦月は運動をしている。細胞は活発に動き、体はどんどん大人のそれへと変化していく。睦月の肢体は、徐々にふくらみを増し、なめらかになり、成熟した女性のそれへと近付いていく。 「ブラジャーも変えたの?」
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