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バロックは絶句した。
近寄る事も出来ずに絶命?
そんな話は聞いた事も無い。
バロックの居る執務室にけたたましい音と共に、同じ様に生気を抜かれたような男が入って来た。
副連隊長ダルムである。
「連隊長、愚信いたします!」
「なんだダルム?」
平静に答えた筈の声は震えていた。
理由は謎だ。
「砦を放棄しましょう」
ダルムの表情には一点の曇りも……いや、焦燥に囚われた緊張した顔しかない。
たった一人の賊に砦を明け渡す。
前代未聞の珍事を、しかし、彼は本気で進言していた。
「何を馬鹿なことを? 英雄と言えど奴は一人。奇妙な術を使うようだが、部隊を連携させ後方から弓兵と魔法師団で攻撃させよ。所詮奴は剣士でしかない!」
精一杯の虚勢。
それを知ってか副連隊長は首を振った。
何か悔やんでも悔やみ切れない表情だ。
「私は奴の戦いを……クラナクタ峡谷戦で見たことがあります……あれは、あれは人間ではありません。あれは化け物。戦場の死神です。奴と戦うのは高位竜種と戦うのに等しい。同じ戦場にいれば皆殺しにされます。奴は危険過ぎる」
頭を押さえながら歯がガチガチと震え出す。
記憶と共に、悪夢が甦るような錯覚に恐慌状態に陥っていく。
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