第一話『出会い』

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「ふぁ、あ……終わった」 「お疲れさまです藤川さま」 「その呼び方何よ……」 机の上にあるパソコンをカタカタならしていた手を頭上に伸ばし、背をそらす女。 彼女は差し出されたマグカップを受け取る。 中身は珈琲。 色合い的にミルクも入っているようで、彼女にとってはありがたいことだ。 彼女の名前は藤川綺(フジカワアヤ)、出版社に勤める編集者である。 ポニーテールにしている黒髪は、おろせば胸元辺りまではあるだろう。 パソコンと向き合っていたせいで疲れた黒目は、しばし瞼の裏に引っ込む。 藤川は、珈琲を入れてくれた同期の女────堂本香苗(ドウモトカナエ)────に礼を言ってから甘めの珈琲に口をつけて深く息を吐く。 「そう言えば、綺ってあれ読んだ?」 「あれ? ……ああ、“砂の中のガラス石”? もう読んだよ」 「さすが! いいなぁ、綺は。あんなイケメン担当したいよ」 「たしかに、格好いい人みたいだね」 「あ、そっか。綺は会場に行ってないんだ」 “砂の中のガラス石”。 ある恋愛小説で、一週間前の新人賞をとった作品だ。 いじめられる女の子と、人気者の男の子の物語。 初めは助けたくても助けられなかった彼が、最終的には女の子を助けて恋人になり、いじめっ子は更正する話だ。 なんともありきたりな筋書きで、陳腐な話だろうと思うのが大多数だろう。 しかし、そのありきたりな作品が新人賞をとった。 この作品を読んだ人物は口々にこう語る。 すごくリアルだ、と。 藤川は今さらながら、会場にしっかり行っておくのだったと後悔している。 なにせ彼女は三日前に命が下り、堂本の言葉から分かるようにその新人賞受賞作家と組むのだから。 新人賞受賞作家、小野寺蒼(オノデラアオイ)。 ハニーブラウンの髪に、髪色と同じ瞳。 会場に行った先輩や堂本から聞くに、背は高めで細身、ほんわかした話し方で優しそうな人らしい、一言で言うなら格好いいとのこと。 彼は会場で受けたインタビューで、こう言っていたらしい。 『僕はありふれたいじめの話題から、ありふれた恋愛小説を作っただけです』と。 リアリティがあって引き込まれる、思わず感情移入して泣いた、といった感想に対しても小野寺は、リアリティがあるとは最高の誉め言葉、とにこやかに言っていたらしい。
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