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「とりあえず、やはり新人賞受賞おめでとうございます」
「はい、ありがとうございます」
笑って返す彼は、本当に穏やかな人間なのだろう。
「早速ですいません。次作のテーマとか内容とか、もう決まっていたりしますか?」
「うん。次はね、『家庭崩壊の中に見える愛』をテーマにしようと思うんだけど……どうかな? 変? もうそろそろ、動くつもりだったんだけど」
家庭崩壊。
物騒なワードのわりに、藤川は小野寺の考えを感じようとじっと見つめつつ、その言葉を反芻する。
家庭崩壊とは、色々な形がある。
それこそ、小野寺らしさを追求するための家庭崩壊のリアルとは何か、それを真剣に考えて考えて考え抜かなくてはならないだろう。
しかし彼はやると言っている。
藤川は少し悩んだ結果、
「わかりました。それでいきましょう」
と、彼を信じることにした。
「ありがとう、それじゃあ早速準備に入ろう」
嬉しそうに手を合わせた後、一口コーヒーに口をつける。
それを見て、自分も飲んでないや、と藤川もカフェオレの入っているカップの取っ手を持った。
「取材にでも?」
「うん、行くよ。明後日にここを発つ」
「就いていってもいいですか?」
「え?」
小野寺は予想外だったのか、ぱちんと瞬きを何度か繰り返した。
それに藤川も瞬きを返す。
そんなに意外な返答であっただろうか、と。
己としては、プロットの出来を一番に見たいのと、彼の製作過程をこの目で間近で見たい欲求から言ったのだが、迷惑だったのだろうか、と藤川は不安から眉を寄せる。
「ああいや、いいよ。いいんだけどね。かなりの間ここを離れることになるけど……君はそれでもいいの?」
「大丈夫ですよ。時折本社に戻らせていただきますけど、そちらでも私は仕事が可能です。基本、デスクワークが主ですしね」
「そう……なら、行こう。一緒に頑張ろうね、綺ちゃん」
「あ、綺ちゃん?」
さらりと呼ばれた下の名前に、違和感を隠せず藤川は瞠目する。
しかし目の前の男は、にこにこ顔をやめることはなく、自分が折れるしかないことを藤川に悟らせた。
「……よろしくお願いします、小野寺さん」
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