第二話『旅立ち』

2/3
前へ
/10ページ
次へ
「わかった。しっかり励むんだぞ」 「はい、ありがとうございます」 喫茶店で話した翌日。 昨夜のうちに、部長に本社を離れることを連絡していたのだが、約束の時間の前に本社に顔をだした。 昨夜の電話では、お前が着いていく必要はないだろう、とか、時々見に行くだけで十分だ、とか言っていたのに、今は行ってこいと言う、この掌の返しよう。 お客様が一番えらい、社長が一番えらいとは、よく言ったものだと思う。 昨日の電話。 上が渋っているのだと感づいた彼は、電話を奪い取ってああだこうだどうだと口上を述べて……最後の一言で部長を落とした。 もっとも、彼が出た時点で部長の負けは決定事項だったとも、藤川は部長の目の前で思っていた。 「彼女が一緒でなければ書けない。僕には彼女が必要なんです」 なんて。 あの好青年に言われては断れないだろう。 世の中理不尽だな。 まあ、それは前々から分かっていたことか。 失礼します、と一礼し、藤川は踵を返す。 「いいね羨ましい! あんなイケメンとの同棲生活……しかも約一年ですって!?」 「ちょ、やめてよ香苗……!」 恥ずかしそうに慌てる藤川に、堂本はため息をついた。 それはまるで、仕方ないなと呆れる副音声がはいるような顔で、子を心配する母のような仕草だった。 「いい綺。どれだけ爽やかでもイケメンでも優しくても、男は男なのよ」 「は、はい……」 「約半年から一年間、気を許しちゃだめよ。ぱくって食われちゃうんだからね!」 「き、気を付けます……?」 「しっかりしてね綺。あんた美人なんだから。ちなみに否定したら叩く」 「え、あ、はい」 そんなこんなで、時間も時間だしと藤川は堂本から離れ、六階にある仕事場を離れた。 エレベーターに乗り、ロビーまで降りれば、スーツケースを持った痩身の男がひとり、ソファの辺りに立っていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加