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「わかった。しっかり励むんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
喫茶店で話した翌日。
昨夜のうちに、部長に本社を離れることを連絡していたのだが、約束の時間の前に本社に顔をだした。
昨夜の電話では、お前が着いていく必要はないだろう、とか、時々見に行くだけで十分だ、とか言っていたのに、今は行ってこいと言う、この掌の返しよう。
お客様が一番えらい、社長が一番えらいとは、よく言ったものだと思う。
昨日の電話。
上が渋っているのだと感づいた彼は、電話を奪い取ってああだこうだどうだと口上を述べて……最後の一言で部長を落とした。
もっとも、彼が出た時点で部長の負けは決定事項だったとも、藤川は部長の目の前で思っていた。
「彼女が一緒でなければ書けない。僕には彼女が必要なんです」
なんて。
あの好青年に言われては断れないだろう。
世の中理不尽だな。
まあ、それは前々から分かっていたことか。
失礼します、と一礼し、藤川は踵を返す。
「いいね羨ましい! あんなイケメンとの同棲生活……しかも約一年ですって!?」
「ちょ、やめてよ香苗……!」
恥ずかしそうに慌てる藤川に、堂本はため息をついた。
それはまるで、仕方ないなと呆れる副音声がはいるような顔で、子を心配する母のような仕草だった。
「いい綺。どれだけ爽やかでもイケメンでも優しくても、男は男なのよ」
「は、はい……」
「約半年から一年間、気を許しちゃだめよ。ぱくって食われちゃうんだからね!」
「き、気を付けます……?」
「しっかりしてね綺。あんた美人なんだから。ちなみに否定したら叩く」
「え、あ、はい」
そんなこんなで、時間も時間だしと藤川は堂本から離れ、六階にある仕事場を離れた。
エレベーターに乗り、ロビーまで降りれば、スーツケースを持った痩身の男がひとり、ソファの辺りに立っていた。
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