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江津大輔(ごうづたけし)は企業勤めのサラリーマンだ。元々は中学校の教師だった。現在27歳。教えたのは二年と少しだった。辞めてから一年位経つまでは、教え子に出会うのではないかないかと恐れていたのだが、引っ越して教師として勤めていた地区から遠く離れてから、ここ最近はそんなこともなくなった。
教え子との繋がりは今でも続いている――なんてことはなかった。江津が不器用なせいか、それともそんな繋がりを深める程に勤めていなかったせいなのか……は、わからないが、一度辞めてしまうと、そうそう話す機会などない。
離任式での笑顔、歓送迎会での先生方のお言葉。それが如何にその場だけのものか――とまでは思わないが、世の中というのはなかなかバッサリあっさりしているものだと江津は思ったものである。
だから、目の前で突然起きた状況に彼は対応しかねた。
それは仕事帰りの時だった。その日は休日だったが平日に残していた仕事をしにきたのだった。それも運良く昼が過ぎた頃に済み、その帰り道だった。
恐らく、“彼ら”が単独で行動していたら江津は気付かなかっただろう。“彼女”のことさえ思い出せなかったかもしれない。自分がそれだけ無気力になっていたことにも驚かされる。
とにかく。
一瞬、彼らが何をしようとしているのかがわからなかった。一人の少年が銀色に輝く細長いフルートを、一人の少女が艶のある美しいヴァイオリンを取り出す。さらにもうひとりの少年がアコースティックギター、そして最後にひとりの少女が彼らの前に仁王立ちしていた。
手の中でマイクが一つ、一昔前のアメリカンドラマの西部のガンマンのように、くるくると回る。どこから湧いてくるのかも分からない自信に顔を輝かせて、周りから浴びる視線をスポットライトにして、周りの雑音を全てを吸い込むように口をすぼめて――。
「おい、君たち。ちゃんと許可取ってるの?」
たぶん、警察以外の誰かに止められなかったことはないだろう。声を掛けられたことで出鼻をくじかれ、少女は慌てふためいた。
なんてことはなかった。
「行くよ!! ブルーぅううう、スカァァァイ!!!!」
大音量で何の躊躇いもなく彼女は歌いだした。
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