転落ディクレッシェンド

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「あの、すみませんでした。すぐに引き払うので……」と、とりあえず注意してくれた立派な大人に、俺は謝った。面食らったような顔で、その人は「え、あぁ、わかればいいんだよ、うん」とか言っていた。  ただ、なんとなく、その人の視線が蒼野空の方にばかり注がれているような気がしたのが、引っかかった。  まぁ、有名人だしな、この人。一応。  そう、一応。テレビにも出たし、新聞にも載って少しばかり事件を起こした人だ。まぁ、他人事みたいに言っているが、俺やここにいるメンバーもその事件の当事者なのだが。  だからかもしれない。が、その人の目はなんというか、有名人を見るような目ではなく、自分に意識を向けさせようとするかのような視線だったのだ。  もしや、知り合いだろうか。  知り合いなんだけど、空さんの方が忘れている可能性。あるある。  この人、関心のないことや人はすぐに忘れるので。 「私の名前は江津大輔。まぁ、若いからやんちゃなのは分かるが、程々にね」  名乗ってきた。なのに、空さんは「ふん、わたしは蒼野空です。ま、次からはちゃんと気をつけますよーだ」とか言っている。この人、もう少し礼儀を教え込んだほうがいいんじゃないか。 「えっと、俺は長倉海人です。すみません、ほんと」  もっと色々聞いてみたかったのだが、どう切り出したらいいか分からず、結局その人は人ごみの中へと消えていってしまった。 「あーあ、せっかく今日はハイテンションだったのにぃ」 「あなたがハイテンションじゃない日が想像できないんですが」  この人は本当にスゴく疲れる。しかも、やっぱり江津さんのことを(恐らく知り合い)覚えていないようだった。 「じゃあ、バーガー屋でもいく? お腹空いちゃったし」 「あぁ、それがいいな。ここは暑すぎる」  恵美が提案し、元もそれに乗った。空さんも無言だったが、二人の提案に頷いた。  このちょっとした事件はひとまず、ここで一旦終わる……のだが。
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