【紅彼岸】

3/9
前へ
/90ページ
次へ
 しかし、不意に、スーツの襟足に、何者かに舌なめずりでもされたような感覚を覚え、ゾッとして、思わずそこへ手をやる。  ……と、それとほぼ同時に、それまで微動だにしなかった彼の姫君が、静かにスッと彼の肩に手を置いた。  さきほどまで、どこの人形かと思うような鉄面皮で、彼の後ろで(姫君というのに)あぐらをかき、不機嫌の三白眼を保っていたのに、どうしたのだろう。  片膝をつき、彼のことは一顧だにせず、男の手元の刀を睨み据えている。  まだ少女だ。幼さと大人のちょうど境界にありそうな、白い横顔を、くせのない黒く長い髪が区切る。  すっと通った鼻梁、黒目の大きい瞳は豊かな長い睫毛で彩られ、構成要素だけみれば、十二分に美しい部類に入ろう。  しかし、彼の姫君の瞳は、あまりにも生命の力に溢れすぎている。  それがすべての意趣を削いで、さながら、肉食の獣のような印象だ。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加