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しかし、不意に、スーツの襟足に、何者かに舌なめずりでもされたような感覚を覚え、ゾッとして、思わずそこへ手をやる。
……と、それとほぼ同時に、それまで微動だにしなかった彼の姫君が、静かにスッと彼の肩に手を置いた。
さきほどまで、どこの人形かと思うような鉄面皮で、彼の後ろで(姫君というのに)あぐらをかき、不機嫌の三白眼を保っていたのに、どうしたのだろう。
片膝をつき、彼のことは一顧だにせず、男の手元の刀を睨み据えている。
まだ少女だ。幼さと大人のちょうど境界にありそうな、白い横顔を、くせのない黒く長い髪が区切る。
すっと通った鼻梁、黒目の大きい瞳は豊かな長い睫毛で彩られ、構成要素だけみれば、十二分に美しい部類に入ろう。
しかし、彼の姫君の瞳は、あまりにも生命の力に溢れすぎている。
それがすべての意趣を削いで、さながら、肉食の獣のような印象だ。
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