第1章 俺の仕事

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ただ 実際にバーで見たら それ以上にゾクッとする笑い方をする男だった。 こいつ、これで本当に記者なのか? って、疑いたくなるくらいに色っぽい男。 「柊陽一(ひいらぎよういち)、お前は冬の名前だな」 「あ、あぁ……」 名前を呼ばれただけで、ドキッとする。 ただ低いだけじゃなくて 腹の底、きわどい場所を刺激するような声をしてる。 本名、ヤバかったか? でも別に俺の名前から調べられることなんて、たいしたことじゃない。 窃盗の前科持ちってくらい。 そこから組に繋がるかもしれないけど、その確率は極めて低いだろ。 「俺が秋の名前で、お前は冬……狙ったみてぇ」 ギクッとした。 でも、こいつの言っていることは名前から連想した季節の話ってだけで 何も 俺の狙いには気がついていないだろ? 俺なんて片桐組の末端の末端だから、そこからわかることなんて大したもんじゃない。 組の構成員というよりも チンピラって言ったほうが正解なくらいなんだから。 ――岡島楓、そいつが今追っているネタのデータ、記事、写真、全部を根こそぎ盗んで来い。 あの人がそう言って寄越した写真と名前、仕事、楓のプロフィール。 そんなの俺にできるわけがないと思ったけれど、あの人の命令は絶対だ。 逆らえば生きていけない。 でも、あとでなるほどって思った。 あんたがゲイって書いてあったから。 「あぁ、だからこんな俺にそんな仕事をあの人は任せたのか」って納得がいった。 ――お前はその綺麗な顔くらいしかとりえがないからな。 そう。 俺はこの顔だけで、あの人に飼われているから。 ゲイが標的なら、あの人が囲っている女は誰も使えない。 変り種の俺くらいしか、使えそうになくて、だから呼ばれたんだ。 楓が週に一度は必ず顔を出すゲイバーへ毎日足を運んだ。 普通にゲイが集まるだけの飲み屋だったけれど それでも毎日そこでひとり飲んでいたら、それなりに声を掛けられる程度には、男が寄って来る顔。 俺はゲイじゃない。 でも別に女が好きなわけでもない。 誰かを好きになったこともない。 だって、野良は好きだ、なんだなんて言ってられないだろ? そんなことよりも 生きていくことのほうがよっぽど重要なことで、自分ひとりのことで俺の両手は手一杯なんだよ。
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