第1章

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『ごめん高津、待った?』 昼間サボりすぎたせいで少し残業を強いられた私は、就業時間を30分以上も過ぎた頃に漸く高津の待つ裏口へと辿り着いた。 「おせーよ」 『ごめんごめん。ちょっと今日中に終わらせなきゃいけない仕事が残っててさ』 「まぁいいや。いつものとこでいいだろ?」 『うん』 そうして私と高津は会社近くの居酒屋へと向かう。 昔はよく3人でこの居酒屋へ飲みに来ていたのに、最近は私と高津の二人で飲むことばっかりだ。時々総務部や営業部の人たちも交えて別のお店で飲むこともあるけど、やっぱり最終的には此処で二人で飲んでいる。 『「乾杯~」』 キンキンに冷えたビールで乾杯をした私たちはいつものようにだらだらと飲みだした。 『仕事のあとのビールって何でこんなに美味しいのかね』 「まったくだ」 『しかしこの店は本当に料理も酒も出てくるのが遅いなぁ。仮にも5年も通い続けている常連だってのに』 「まったくだ」 特別目立って美味しくもなく、だからといって特別安いわけでもない。珍しいメニューがあるわけでもなく、店員のサービスがいいかと聞かれれば全くそうではない。料理も酒も出てくるのが遅い普通の居酒屋。いや、普通以下の居酒屋か。 唯一いいところといえば会社のすぐ近くにあるってことだけ。 だけど何故か高津と私が飲むといえば此処になってしまう。 まぁただ単に私たちのどちらも新しいお店を探すのが面倒なのと、5年も通ってるこの店に少なからず愛着があるからなのだろうけど。 「お前さぁ」 『ん?』 「何でまだアイツなんかと仲良くしてんの?」 飲んで暫く経った頃、高津が枝豆をくわえながらお決まりの台詞を言った。 アイツってのは千奈美ちゃんのこと。 最近の高津はいつもこればっかりだ。 『高津~…またその話し?いい加減しつこいよ』 「お前だってあの女狐にされたこと忘れたわけじゃねーんだろ?」 『そりゃ忘れてはいないけど、あれは千奈美ちゃんが悪かったわけじゃないし今さら私が怒ったところで……』 「なに言ってんだよ。お前アイツに好きな男とられたんだぞ?悔しくねぇのか?」 高津の問いには何も答えず私は目の前のビールを飲み干す。
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