第1章

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高津が怒るのもわかってる。私だってあの頃は千奈美ちゃんに対して少しモヤモヤした。ううんモヤモヤじゃない。 両頬腫れるほどの重い往復ビンタくらいしてもいいんじゃないかなってくらい腹が立った。勿論大人だからそんなことしないけど。 あれは三年前。 彼氏と別れて1年が経とうとしていたころ、私は同じ会社で違う部署の佐々木さんという男性を少しだけ気になりだしていた。 佐々木さんはみんなに優しくて私はそれまで会社の先輩としてしか見ていなかったけど、ある日、私が毎日の残業で疲れていたときにたまたま通り掛かった佐々木さんが「いつもお疲れ様」と言って温かいコーヒーと小さなチョコレートを1粒くれたことがあった。 そしてその次の日、私が昨日のお礼にとクッキーを持っていき、それから少しずつ佐々木さんとの接点も増え、どちらからともなくお互いの部署へ行き来するようになると、私は佐々木さんのことが好きなんだろうなと意識するようになった。 勿論、そのことは高津や千奈美ちゃんに全て相談していた。 高津はなかなか熱い男だから真剣に話を聞いてくれて、千奈美ちゃんは恋愛上級者なので色々とアドバイスをくれて、二人にはたくさん相談にのってもらった。 だけど、あの頃の私は恋愛に浮かれて自分のことしか見えていなかったんだと思う。 私が悩んでる間に、千奈美ちゃんが隠れて佐々木さんと付き合っていたなんて全く予想もできなかった。 『いやぁ~あの頃は辛かったねぇ』 今はどうってことないけど、改めて当時のことを思い返すと少なからず辛いものがあるな。 結局その二人も半年ほどで別れたらしく、その後私は佐々木さんと話すことはなかったけれど、当時は二人の顔を見るだけで心臓がチクリと傷んだものだ。 「あの女狐、お前が俺らに佐々木の野郎のことを好きだって言った直後に佐々木に猛烈アピールしたらしいじゃねーか。碌な女じゃねーよ」 ケッと言って高津がビールを飲み干す。だいぶ前に追加のビールを頼んだはずなのにまだ運ばれてこない。 この居酒屋は相変わらずいい加減だ。
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