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「でももったいないわ。
食べちゃうだなんて。
このくまさんなんて、北海道のお土産屋さんに置いておいたら売れそうだもの。
ほら、口にくわえた鮭までそっくり」
「また作ってあげるから。
変色しないうちに食べて」
食べてくれなきゃ作ってあげないよ? と笑顔で脅すと、春日は慌ててリンゴの彫刻達に手を伸ばした。
その指先はうろうろと動物達の上をさ迷い、結局キリンを選んで口元まで戻る。
シャクシャクシャクと必死にリンゴを食べ始めた春日を見、文也は満足そうに頷く。
そして無造作に席を立った。
「ちょっと飲み物買ってくるから」
そう言い置いた文也は春日の返事を待たずに身を翻す。
「文也さん」
だが春日の動きは、いつになく素早かった。
シャツの裾を取られた文也は、わずかに体勢を崩しながら足を止める。
「どこへ行くの?」
「だから、飲み物を買いに……」
振り返って春日に微笑みかけようとする。
だがその努力はするだけ無駄だと、悟らざるを得なかった。
末期の病人だとは思えない、強い光を宿した瞳。
その瞳を前にして、文也の薄っぺらい嘘がどれだけの意味を持つというのか。
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