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…成瀬さんは笑わなかった。
何でもないことが私の胸を締め付けた。
黙る私に成瀬さんがこの空気を繕(ツクロ)うように口を開く。
「前にお前が俺に過去にこだわってるって言ってたけど、俺から言わせりゃ、お前はその自分らしいとからしくないとか…それにこだわりすぎじゃねーの?
お前が料理したって、女らしい格好したって、別におかしくねーよ。女なんだし。
ましてや、笑うなんてしねーよ。」
成瀬さんは私のぼんやり見つめる視線の先でお肉を返しながら言った。
私の目に涙の膜が浮き上がる。
「…成瀬さん…酔ってるの?」
グラスのビールはまだ半分以上残ってる。
酔ってるわけなんてないのに、そんなことしか言えない私を
今だけは許して欲しい。
そんな言葉でも言わなければ
涙が溢れてしまいそうだから。
私はあの日、部長がゆいに言った言葉を思い出していた。
『…どんな時も、どんなゆいも好きでいる…。』
成瀬さんはそんなこと言ったんじゃないってわかってる。
なのに、部長の言葉と今の成瀬さんの言葉に同じものが見えた気がしたなんて…
それは図々しすぎるかな。
でも、
そう言われたのと同じくらい
嬉しかったよ。
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