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「さくら、」
「なに?」
救急箱に消毒したピンセットをしまって、ぱたりとフタを閉める。
呼ばれた声に振り向けば、累は私のことをじーっと見据えて何か言いた気に口をゆがめていた。
「…な、なに?」
呼んだくせに、何も言わない。
20年も一緒にいるんだから別に睨まれてひるむこともないけど、口の端に傷を付けた状態でじっと見られると何だか変な気分だ。
「…お前協力しろよ」
「え、何に?」
「曲、作るの」
作曲がうまく進めば喧嘩だってしねぇ。
悪態をつくみたいに強い口調で話す累に、私の頭には「???」が浮かぶ。
作曲を手伝うって、私が音痴なの分かってて言ってるんだろうか。
一緒にカラオケに行ったの随分前だからもう忘れちゃったのかな。
「なんだよ」
「私…音痴だよ、?」
「知ってるよ!
お前が音痴なことくらい」
「じゃあなんで…」
言いかけて、やめた。
だって累が首をカリカリかいていたから。
この癖、よく知ってる。
累は、照れて言おうかどうしようか迷ってる時に、首をかく。
(でも、この状況で一体何に照れてるんだろ…?)
「あのさぁ、」
「うん?」
「…あのさ、」
「……うん?」
じーっと私を睨んでいた威勢はどこへやら。
きょろきょろと視線を泳がせて、累は居心地悪そうに歯切れの悪い口調で「あのさ」を繰り返している。
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