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夢の中で祐希はいつも雪菜という少女になっている。
十五歳になったばかりのかわいらしい少女だ。
さらさらの腰近くまである黒髪に、くっきりした二重の大きな黒目勝ちの瞳。
きゃしゃな身体にいつも白い巫女装束を着ている。
祐希が見る夢の中の雪菜はいつもこの年頃で、何故か大抵せわしなくしている。いや、何故かはわかっている。
その辺の雑誌モデルよりもずっとかわいらしい容姿に似合わず__初めて鏡に映った雪菜を見たときあまりの美少女っぷりにびっくりした。__とにかくせっかちなのだ。
つい先ほどまで雨が降っていたのだろう。
足元の砂利道はぬかるみ、左右に並ぶ銀杏はきらきらと水滴が光をはじいていている。けっして歩きやすい道ではないはずだが、雪菜は気にする様子もなく歩き続ける。
坂道を登り切った向こうに古びた鳥居が見えた辺りで、雪菜の歩調は足早というより小走りに近くなった。
それでも走り出すのを我慢しているのは、装束が泥に汚れるのを厭うからだ。
身の回りを世話する小間使いに睨まれるのはまったく構わないが、彼に小汚いと思われるのは、耐えられない。
「クロウ!」
鳥居をくぐり抜けた雪菜は、嬉しそうに声を上げる。
まっすぐな視線の先には、鳥居と同じく古びて今にも朽ち果ててしまいそうな祠の前で身を休める一匹の大きな犬がいた。
黒い体毛に、つややかな毛並。一見柴犬によく似ているが、少し違う様にも見える。大きさは子供の背丈より少し大きい程で、立ち上がると雪菜の胸のあたりまであるだろう。
クロウ、と呼ばれた犬は雪菜を見ると、軽くしっぽを振って起き上がろうとした。
「だめ!」
雪菜はとっさに声を上げて走り出す。
クロウの前に辿りついた時には、少し息が切れて、「はあ」と身体を折り曲げた。長い黒髪がさらりと顔にかかるのを手で払って顔を上げると、雪菜を見上げていたクロウの双眸と目が合い、にこりとした。
__絶対マネできないわ。
雪菜はよくこういうかわいらしい仕草をする。
祐希にはとても目が合ってにこりと笑うとかできない、と思う。
だって絶対なんか恥ずかしいし、第一似合わないし。
頭の中で悶々としている内に、雪菜は息を整えるとクロウのわきにしゃがみこんで、柔らかな毛並に頬を寄せていた。
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