白い竜

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狂信的ともいえる嘆きに、シエラは身震いをした。リトスもそうだったが、マリスティアの住人にとって、コチョウという女性は想像以上に大きな存在だったようだ。この一途さが異常にも感じられる雰囲気だが、シエラはそれを心の底から不気味に思うことができなかった。 国の礎であり、心の支えとなる存在……。それは、マリーベル国を統べる王であり、育ての父であるエルネスト王にも言えることだった。シエラにとってエルネスト王は王としての偉大さを敬愛し、家族として大切に思う存在なのだ。 自分が彼らの立場になれば、同じように嘆いただろう。彼らの声が広がっていくほどに、シエラの迷いは大きくなっていく。そして、そんな心の揺らぎが魔力を介し、クラージュを拘束している鎖にも伝わっていく。 肉に食い込まんばかりに締め付けていた鎖が、ガチャリと音をたて拘束を緩める。解放された筋肉の反応か、短く太い竜の腕がピクリと動いた気がした。……その時だ、囁きが重なりあっていただけの声が、突然悲鳴に近い叫び声に変わった。 空気を裂くような声に、シエラはビクリと肩を跳ねた。が、驚くと同時に、魔力で繋がる鎖の先に違和感を覚えた。リトスも同様だったらしく、睨んでいたルインから離した目で、違和感の先を追っていた。 「…………コチョウ……」 違和感の原因を視界に捉えたリトスが愕然とする。 この数時間、集落を破壊し、人々を容赦なく傷つけ苦しめた白い暴竜。この場にいる者にとって災いだった竜は、もうこの場所に存在していなかった。 皆の視線の中心にいたのは、全身に無数の傷を負った白髪の女性の姿があるだけだった。
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