白い竜

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「まさか……本当にコチョウさんだったなんて……」 誰かが発した声を切っ掛けに、住人たちから計り知れないほどの悲哀の感情が溢れ出す。 「…………」 悲観にくれ、涙を流しながら視線を逸らす者も現れるなか、シエラは横たわるコチョウの姿から目が離せなくなっていた。 コチョウの姿は、目を覆いたくなるほど無惨な姿だった。巨大な竜の姿時でも深く抉れた裂傷であったが、華奢な女性の姿になると、生々しく覗く身体の内側がより鮮明に見えてしまい、いっそう惨たらしさを感じる姿になっていた。そして、裂けた肉から流れる血に濡れる長い髪は、以前見た艶のある長い黒髪ではなく、心身の衰弱が表面化したかのような白髪に変化していた。 初めて魔獣を討伐した時、凄惨な光景を前にしたシエラは、自分の行いを拒絶するように、現実から目を逸らしてしまった。けれども、今は逆に目が離せなかった。さっきまで気にならなかった血の臭いにむせ、胃の内容物が込み上げてくる感じがあるのにだ。 肉体的にも精神的にも眼前の現実を拒絶している。それなのに、シエラの両目はいつまで経っても血に濡れた女の姿を捉えたまま動かなかった。 それは、獣とは違い、同じ姿を持つ同種へ持つ共感性がもたらした感情。人間という同種を死の間際まで追いやったことに対する罪悪感、嫌悪感、忌避、……そして全身の血が凍りついてしまいそうな恐怖。そんな様々な感情が一気に押し寄せ、身体が動かなくなっていたのだ。
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