序章

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右手で無精ひげに軽く触れた後、同じ手でヨレヨレのスーツのシワを直す。 仕草や顔から醸し出される疲労感から実年齢より四、五歳老けてみえるが、自分の目の前に座る男は、本当は二十代後半くらいだろうと、連佛克己(れんぶつかつき)は思った。 「内容をご理解いただけましたら、こちらにご署名捺印をお願いいたします」 グレーのくたびれたスーツの男は、膝の上で手を組むと書類の署名欄を目で指す。 丁寧な口調の中に、鋭さが見え隠れしている。 ダイニングテーブルの下では男の右足が忙しなく上下に動いていた。 「『一切の責任は負いかねます』とこちらに書いてありますが、どういう事でしょうか?」 無精ひげの男と対峙するようにダイニングテーブルを挟んで座っていた克己が、太い首を傾げながら、無精ひげの男の目を覗き込む。 柔和そうな外見とは裏腹に、克己の目には猛獣のような鋭さがあった。 「言葉の通りです。私どもの会社で働いていただく上で、連佛さんのお子さんに、万が一の事が起こったと致しましても、私どもは、一切の責任は負いかねます」 「それはあまりにも理不尽ではないでしょうか?」 冷静さを装っているものの、克己の口調はとげとげしさを隠せずにいた。 「どうしてですか?」 「どうしたもこうしたもないじゃないですか、シュウはまだ未成年ですよ」
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