序章

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無精ひげの男が帰った後、シュウは一人、自室に閉じこもり、ベッドに仰向けになっていた。 見慣れた真っ白い天井をぼんやりと見つめながら、どうしてこうなってしまったのか、思考を巡らせる。 煙たがられるくらいなら、自分の存在が二人の関係を無理矢理繋ぎ止めているのなら、二人の前から消えるしかない。 壊れ始めたのは、シュウの母親である明日香の些細な変化からだった。 明日香は元々、容姿には気を使う人だった。 外出の際はいつも、その日に着る服に合わせたメイクをし、出掛ける。 年齢を重ねる度に自分の年齢に合うファッション雑誌を買い、流行をチェックし、出来るだけ少ない出費で、その年のファッションを取り入れる。 そんな人だった。 それがある日を境にがらりと変わった。 自分の年齢より若い層向けの服装を好むようになり、それと伴い帰りも遅くなった。 家族との会話も減り、シュウの家からは笑顔が消えた。 明日香が変わり始めてからしばらくして仕事一筋で、全く自分の容姿に関心の無かったシュウの父親、克己はダイエットを始めた。 そしてファッション雑誌を買い、自分の容姿に気を使うようになった。 それから家族の崩壊は加速する。 シュウが朝起きると、二枚の千円札がダイニングテーブルに無機質に置かれ、三人での食事は無くなった。 シュウは変化に気づいていたものの気づかないフリをして明日香が変わった日から一年間、息を殺し、自分の存在を出来るだけ消すように生活を続けた。 それがシュウが二人にしてあげられる唯一の事だった。 息を殺し、存在を消し、二人の重荷にならない事が。 シュウは込み上げてくる感情を圧し殺し、大きな溜息をつくと、体を反転させ、胎児の様に丸くなり、目を閉じた。
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