第1章

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 アベルが運良くというか、予定調和というか この小さな無人島に漂流して、11日目に、 大きくもない【あの船】が近くへ来た。  普通なら救助を求めて、何らかの行動をし、 アピールして天に祈る事だろう。いわゆる、 希望と幸運が自分を、見放さなかった事に。  しかし、アベルは特に手を振る事もせず、 叫び声もあげず、火を焚く努力もしない。 アベルは何をしたか?この二十代半ばの 逞しい青年は、無人島に漂流して11日で まるで人生に絶望しているかのように、単に 海岸の砂浜に座っていた。  彼はただボンヤリと船を見つめていた。 何もしなくても、あの船は僕を助ける。 半ば強制的に乗船させるのだろう。  その大きくもない30m程度の全長には、 2本マストの内、片方が横帆で、もう片方が 縦帆が備えられた船である。こういう船を ブリガンティンと呼ぶそうだ。詳しくは、 僕には解らない。船の知識は僅かだ。  皮肉でも厭味でも無いつもりだが、2本の マストともに横帆なら【ブリッグ】なのだ。 結局、帆の向きを何本のマストに対して、 どのように取り扱うかという話だ。  用途も呼び方同様に、様々なのだろうが 国が変われば、形式も呼称も変わる。 僕には余り意味が無い。そして興味も。  僕は僕を迎えにきたかのような、この船と 同じ大きさとデザインの船に、密航者として 潜り込んだのだ。ニューヨークの港を出港し 積み荷は工業用アルコールか何からしかった。  そんなことは僕には無関係で、大事な事は 2つだけだった。1つは目的地がジェノバで、 もう1つは誰にも発見されないで、隠れて 過ごすという事。それだけだった。  ばれない為に、乗船者について調べていた。 船長と婦人、夫妻の娘。貨物船なので他には 航海士が2人とコックが1人。船員4人。 つまり、僕を別にすれば10名しか船には いないわけだ。僕自身、なるべく保存の効く 自分用の食料も、持って来ていたのだが。  自分の間抜けさを呆れたのは、出航直前の、 最後の積み荷の点検、安全確認の大事な時に あっさり、船出もしていないタイミングで、 僕はよりにもよって、船長自身と鉢合わせした。  船長のベンジャミンは大変に驚いていた。 出航まで、まだ少し時間があるので、 僕は幸いにも船長と、会話する時間を得た。 これが幸いだったのかどうか。今も悩んでいる。  実は僕がこの小さな船を密航に選んだ理由に
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