第1章

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「ほな。矢代スペシャルでいかしてもらいます~。ジェットコースター並みやから、振り落とされないよう、シーツにしっかりとお掴まりください」 「忍さん」 「何もせんでええよ…アキ。今日は俺にホンローされとき。な?」 「…うん」 こんなに優しいのに。体の奥に感じる彼はこんなにも熱いのに。 愛されていないなんて――。 この後、言葉通り何度も意識が飛ぶほど翻弄され、気が付いた時には矢代の腕枕で眠っていた。目の前に彼の逞しい肩があり、首の下を通った腕は肘で曲がり大きな手のひらがアキの頭をゆっくりと撫でている。 コレが、矢代の一番タチ悪い癖だ。 こんなことをされて、誤解しないほうがおかしいと思う。 でも、この三年。アキにはそれを指摘することが出来なかった。 (誤解なんかしない。…わかってるから) ただの癖でも良かった。こうして行為の後に優しく髪を撫で、その逞しい腕に抱いて朝まで眠ってくれるなら。 愛情なんて望んじゃいけない。 そう…自分に言い聞かせて。 「ん? 起きたか?」 「うん…何時?」 「もうすぐ…6時、やね」 「ごめんなさい。……忍さん、寝てないでしょ」 「まぁ。たまには、可愛いアキのお願いも聞いてやらんとな」 「…ありがと…ね」 「ホラ…元気出せ」 「うん」 「それに、アキは具合がええからな。俺としても大満足なんよ」 「そか。俺、そんなイイんだ」 彼が話をそらしたら、自分も便乗する。 それが矢代と長く付き合うためのコツだ。一晩優しく抱かれたからといって、「俺のこと、どう思ってるの」 なんて確信を突いてはいけない。 矢代は優しい人間なのだ、誰にでも。 それがどのくらい残酷なことか、本人に自覚がなくても。 一種のトラブルメーカー。 『白芥子』 のマスターもよく言っていた。 『誰だって…彼と寝れば惚れる。……アキも気を付けなさい。あれが地だから矢代君はタチが悪い。良い人なだけに、彼に惚れると…辛い思いをするよ』 一晩だけ。と、割り切って初対面の相手に抱かれるタイプの人間でも、矢代とベッドを共にすると、不思議に淡い恋心を抱いてしまう。 そのせいで店に顔を出せなくなった男が何人いたことだろう。 ――皆、自分から身を引いていった。
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