第1章

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アキは矢代に惹かれて陸上を始め、元々体格にも恵まれていたおかげで高1の夏にはインターハイまで行くことが出来た。熱心にトレーニングする矢代を思って自分も頑張ろうと、ピアノのレッスンを一時期やめて、ひたすら陸上に打ち込んだ。180センチを越す長身に柔らかい体。自分の持つ瞬発力と持久力、そしてリズム感が、バランスよく400メートルハードルという競技にはまっていた。 と、いっても大きな大会に行けたのはその一度だけ。記録を残したことも入賞したこともない。 矢代や渡辺のように大会常連組みになれば、種目が違っても互いに顔を覚えたりするが、一回出たことがあります程度のアキを、矢代が覚えているはずもなかった。 それでもアキには、矢代と同じ大会に出られたということが、何より大切な思い出となっている。 あのころ、高3の矢代と渡辺はすでに陸上会のアイドルで、毎回デットヒートを繰り広げながら、最終的には渡辺が勝つという因縁めいたゲーム展開で会場を盛り上げていた。 高校生とは思えない二人の圧倒的、存在感――。 そしてアキは知った。いつも穏やかにニコニコしている矢代が、渡辺を見つめるときだけは違っていることを。渡辺の、物静かで、まったく回りの状況に関与されない集中力。少し外国の血が混じっているという作り物のような美しい顔立ち、長い手足。彼が槍を持って走路に立つと、なんの合図もないのに会場中が水を打ったようにシンと静まり返った。 鳥肌が…立った。 渡辺の静かな迫力に。矢代の熱い視線に。 敵わない…。そう思った。 なんて目であの人を見るんだろう。 こっちが胸を締め付けられるような、真摯な瞳。 (あんなふうに、俺を見つめてくれたら…) 「アキ?」 「…え? なに?」 「ボーっとして。…俺、もう出るけど、一緒に出なくてええの?」 「あっ…ちょっと、待ってて! 一緒に出るから…うわっ」 「おっと」 シャワー室に駆け込もうと、ベッドを降りた途端よろけた。180センチ以上あるアキを軽々と持ち上げて、矢代は意味深にニヤリと笑う。 「イク時は一緒やモンね。アキちゃん♪ ちゃ~んと待っとるよ。 ん? 何? もしかして腰、メロメロ?」 昨夜、もしかして気を失った後も散々ヤられたんじゃなかろうかと言うくらい、アキの腰は力が入らなくなっていた。 「忍さん…昨日、何回したの」 「何回やったかなぁ…」
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