第1章

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「…数え切れないくらいしたのかよ」 「や。せやから大満足って…」 「そう」 「アキ?」 「そいつは良かった」 「ア~キ」 「ふーん」 「もー。勘弁してーな。アキがあんな殺し文句言うからやんか~。な?」 そんなやり取りをしながらも、抱えられてシャワーを浴びて洗われて。大雑把なようで、きっちり洗う手馴れたそれは、またお互いにスイッチが入らないようにという気遣いの賜物で。矢代が毎回服を着る前に声を掛けてくれるのも、ちゃんとアキをシャワーに連れて行くつもりでスタンバってくれているから。 (優しいね。忍さん) 服を着て、靴を履きながら密かにゴミ箱を覗けば、ホントに二週間分の残骸が山になっていた。 「マジかよ…」 「おかげで充電たっぷりやろ?」 「放電じゃないの?」 「漏電とかな」 「自分で言うなって」 あははっ。と声を合わせて笑う。 矢代と過ごす朝は、いつも笑いがあふれていた。矢代は明るい。 明るくて、無邪気で、やさしくて、男らしくて。誠実で。 (こんな人を振るなんて、考えらんないよ…) 「じゃ、再来週な」 「うん。トレーニング、頑張って」 「おう。それが俺の仕事やからな」 「俺も、仕事頑張るよ」 「アキのピアノ。楽しみにしてる」 「うん」 早朝の新宿は静かだ。深夜まで煌々と輝いていたネオンも、通りに溢れていた人波もなく、祭りの後のように道端にはゴミが散乱し、カラスが数羽、歩道を跳ねている。そう、街全体が疲れきったような雰囲気だ。 そこを、背の高い男ふたりが肩を並べて歩いていく。 矢代は静岡にある食品会社に勤めている。社員寮ももちろん会社の近くにあり、本来なら都内のグラウンドを使うときぐらいにしか、新宿の店に顔を出したりしない。 シーズンオフなら、月に二回ほど遊びに来ることもあったが。 でも、このところ店には来ず直接アキを誘うことが増え、驚いたことに、どうしてか今月だけは毎週末、逢瀬をかさねていた。 まるでラブラブな恋人同士のようだと、それこそ勘違いしてしまいそうだが、矢代のこういった行動には、必ず渡辺がからんでいることくらい、アキにはわかっていた。 (なんかあったんだろうな…きっと) 「ゆっくり出来なくてごめんな。アキ」 「ううん。気にしてないよ。それより忍さん、寝てなくて平気?」
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