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また同じように、ちゅっと、今度は頬に吸い付かれ、そのまま手際良く下着とスラックスを直される。
一方的に翻弄され、何事もなかったような姿に整えられてしまっては、アキは取り乱した自分を誤魔化すように悪態をつくしかなかった。
「アンタ…随分遊んでんだね。でも、ココ。こーゆーの禁止なの知ってる? 出入り禁止になるよ。…それとも何? そうとわかってても、手ぇ出したくなるほど、俺にソソられたってワケ?」
「…まぁな」
「……」
可愛くない性格は元からで、歴代の恋人たちと長続きしたことのないアキは、初めて経験する反応に一瞬言葉を失くす。
「…嘘。…マジで?」
「なにが?」
「何がって…」
「俺だって、ここがマナー重視のクリーンな店だってのは知ってたよ。マスターとも長い付き合いやし。でも…ま、しゃーないやん。アキの言うとおり、我慢でけへんほど、可愛がりたくなってもーたんやモン」
「やモン…て」
「……でも、気付いとるやろな。マスター」
矢代が鏡を見ながら手グシで乱れた髪をちょいちょいと直している。190センチを軽く超える長身は、少し屈まないと頭が鏡からはみ出してしまう。ひざを曲げ、腰を落として鏡から遠ざかるように頭の位置を下げていた。そうするとちょうど揃う視線で、鏡越しに 「なぁ?」 と微笑まれ、アキの顔がパッと赤くなる。
「ん? どした?」
「…なんでもない。俺…先に出るよ」
「ちょいまち」
「何?」
「俺が先に出る」
「なんで。いいよ。俺一応ココの従業員だし、お客様に庇って貰うわけにはいかないから」
「…」
「なんだよ」
「自意識過剰? アキちゃん。俺、庇ってやるなんて一言も言ってないんやけど?」
「…な」
「まぁ、ええから。腹痛いフリして、個室にでも入っとき」
「え? ちょっ…なんだよっ」
ぐいぐいと無理やりトイレの個室へと追いやり、足がもつれて蓋の閉まった便座にストンと腰掛けたアキが不服そうに見上げてくる。
そんな顔もなかなか良い――。
とりわけ美形でもないのに、なんとも言えない艶がある男だと、矢代は思った。
「ほら。扉閉めて。カギも閉めとけ」
「やだよっ…ちょ…と待てって…んぅっ」
言うことを聞かないお姫様の腕を掴み、唇で口を塞ぐ。握った腕の感触が心地良い。矢代好みの、しっかり鍛えられた筋肉がついたものだった。
とはいっても自分と比べればかなりスレンダーだが。
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