寿命の見える少年 4

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「弘がちょうど4歳になった時に、あることがきっかけで私の考え方が百八十度変わったのです。」 谷村氏は目の前の置かれた湯飲み茶碗を両手で包むように持った。 「私はもともと北海道の出身なのですが、世話になった叔父が急に亡くなったものですから、飛行機で急ぎ帰郷する予定だったのです。しかし、いつも感情を表に出さないあの子が、珍しく私に泣きついてきました。 『お父ちゃん、行かないで。』と・・・。」 眼鏡の奥にある谷村氏の穏やかな目が、嬉しそうに細められた。 「私は、この言葉を聞いて心底嬉しかったですね。この時、初めて弘に父と呼ばれたのです。引き取って私達夫婦と一緒に暮らすようになっても、あの子はなかなか他人に心を開こうとしませんでした。2歳を過ぎて物心がついた置き去り子は、幼いながらも親に捨てられた記憶が大きな心的外傷(トラウマ)として残るケースも多いことを知っておりましたから、尚更大きな喜びでした。」 谷村氏にとって、この時ようやく真の親子関係が始まったのだろう。 「しかし、私は弘の行動をよくある幼児のダダこねだと思い込み、なだめながらも相手にしませんでした。その時、既に飛行機のチケットも購入して いましたし。しかし、帰省する当日の朝、あの子がどうしても今日は自分と一緒にいて欲しいと、懇願するように泣きじゃくるものですから、私もその可愛さに折れてやむなく翌日の便に予約を変更したのです。」
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