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「今日はどうもありがとう。君のお陰で私は命拾いしたようだね。」
私が少年に頭を下げてお礼を言うと、少し顔を上気させて自信に満ちた表情になった。
「ひろし君。そろそろ夜の十時半を回る。きっと、お父さんやお母さんが心配しているだろうから、おじさんが家まで送って行くよ。」
私の言葉を聞いた途端、また少年の顔が一瞬にして強張り、また俯いて何もしゃべらなくなった。
一体どうしたものか。
どうやら私は少年の心の地雷を踏んでしまったらしい。
困った私は、看護師の狭山さんに目をやると、彼女が少年の背後で頭を指差している。
まさか、彼女まで寿命が見えると言い出すのではと心配したが、私の勘違いだった。
狭山さんが手招きをするので、少年の背後に回り込んでみると、少年が被っている黄色い帽子の後ろ側に彼の名札が付いていることに気付いた。
《小梅市立桜小学校 四年特別支援学級 谷村 弘(たにむら ひろし)》。
桜小学校なら、この診療所が面する大通りを東に数百メートルほど行った先にある。
私は、急いでインターネットで桜小学校のホームページにアクセスし、連絡先を確認して電話を掛けた。
呼び出し音が受話器の向こう側で鳴っている。
何とか出てくれないだろうか。
もし、身元が分からないと少年を警察に引き渡すことになるが、できればそれを避けたかった。
少年は、私のことを心配してこの診療所を訪ねてくれたに違いないからだ。
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