川べりにて

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「でもそこに、偶然母さんが通りがかったんだ」 「そう。本当のこと言うと、迷惑だなと思ったんだ、その時は。美沙希さんの前にも何人かが通りがかったけど、誰も見向きもしなかった。ただ美沙希さんだけが俺に声を掛けた。こっちはもうこのまま死ねればいいと思ってるのに、あれこれ話しかけてくるのが面倒でね。どうしたの、何故寝てるの、怪我してるわよ、帰るところはあるの、誰か迎えに来てくれるの、お腹空いてないの、名前は何ていうの、いつからここにいるの、ってそりゃもう矢継ぎ早に次から次へとうるさくて」 思い出したように、亨さんは口元だけで笑った。 ああ、わかるなぁ。 見てもいないその時の光景がありありと目に浮かぶ。 母はお腹を空かした野良猫に、頭を撫でてハイサヨウナラができない人だった。 例え一時でも関わりあいになったのなら、最後まで責任を持って面倒を見る。 それができないのなら、最初から期待させたりしない。 期待させといて捨てるのが、一番残酷だから。 だからペット禁止のマンションにしょっちゅう捨て猫を拾ってきては、一生懸命里親探しのビラを撒いたりしていた。 かわいがってくれる人が見つかるまで、大家と喧嘩してでも決して諦めなかった。 そうやって、関わりあいにならなければしなくていい苦労を、自分から背負い込む人だった。 亨さんのことも気になって声を掛けた以上は、最後まで面倒見ようとその時既に決めていたに違いない。 得体の知れない相手にどうしてそこまで親切になれるのか、今の俺にはまだわからないけど。 「あの時もし美沙希さんに出会わなければ、今頃どうなっていたかわからない。だから二人には感謝してるんだ。言葉だけじゃない、心から感謝してる」 「二人?」 「美沙希さんと、佑斗」 「俺、何もしてないよ。そりゃ、ミルク温めたりお風呂に湯を溜めたりはしたけど、そんなのどうってことないじゃん」 「そうじゃない。そうじゃないんだ」 思いの外強い口調で亨さんは否定した。
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