白蛇。

2/6
前へ
/565ページ
次へ
「君、ばかじゃないの」 その声は冷え切っていて、感情の起伏を微塵も感じさせない。抑揚のない声は空気に溶けて、蒸発する。彼が片手に持っている文庫本は、どんな内容だろうか。色の白い手と、黒色のカバーがつけられたその本は、わたしの目線を引きつけて離さない。 「ばかじゃないです。真剣です」 「へえ、真剣に俺のことが好きなんだ」 「はい」 意を決して告げた想いが、彼の中の暗い森へ沈められる。話したこともない女に好きだと告げられることは、気持ちの悪いことだろう。多少は予想できていた反応だ。 「ちょっと、場所を変えようか」 ここは公立の図書館で、わたしは彼をこの場所で何度も見つけては、気になっていた。全体的に色素の薄い肌や髪。一重まぶたの目。低めの身長。長めの前髪。全てを記憶できる程には、彼の外見に見とれていた。 もちろん、故意に彼を追っていたわけではない。彼はほとんど毎日、夕方の図書館にいた。わたしは週に何度かこの図書館に通っており、そのたびに彼を見つけた。
/565ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加