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「君、ばかじゃないの」
その声は冷え切っていて、感情の起伏を微塵も感じさせない。抑揚のない声は空気に溶けて、蒸発する。彼が片手に持っている文庫本は、どんな内容だろうか。色の白い手と、黒色のカバーがつけられたその本は、わたしの目線を引きつけて離さない。
「ばかじゃないです。真剣です」
「へえ、真剣に俺のことが好きなんだ」
「はい」
意を決して告げた想いが、彼の中の暗い森へ沈められる。話したこともない女に好きだと告げられることは、気持ちの悪いことだろう。多少は予想できていた反応だ。
「ちょっと、場所を変えようか」
ここは公立の図書館で、わたしは彼をこの場所で何度も見つけては、気になっていた。全体的に色素の薄い肌や髪。一重まぶたの目。低めの身長。長めの前髪。全てを記憶できる程には、彼の外見に見とれていた。
もちろん、故意に彼を追っていたわけではない。彼はほとんど毎日、夕方の図書館にいた。わたしは週に何度かこの図書館に通っており、そのたびに彼を見つけた。
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