202人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
「あら、黒井さんに電話しときますね。志信、三連休でいいのね」
割烹着を着た和服姿の御形の母親は、あれこれ動き回りながらも返事をしてくる。
「母さん、助かる」
御形、ごはんに海苔を乗せて食べながら返事をする。
「なあ、母さん。この家、部屋が余っているよね」
これだけ広い家なのだから、部屋は余っているだろう。
御形の母親の料理は、プロ級にきれいでおいしかった。一穂がやってきて、ちょこんと座る。にっこり笑って俺を見る。一穂、どこか御形に雰囲気も似ている。それは、兄弟なのだから、当たり前かもしれないが。
「一穂、朝ご飯は何にする?」
御形が立ち上がり、一穂の朝食の準備を始める。メニューは同じだが、焼き魚の代わりに小さなハンバーグを出した。
「いただきます」
一穂、おっとりとしているというか、とても上品に食べる。一穂が食べる様を、御形が見守っていた。
「おいしいか?」
何度も一穂がうなずく。確かにおいしそうに食べるのを見ると、少し幸せな気分になれる。俺には弟が居なくて分からないが、かわいいものなのだろうか。
「黒井さん、ごはん、おいしい?」
一穂、俺に聞いてきた。俺は、突然話しかけられ、少し驚いた。
「おいしいよ」
嘘ではなく、とてもおいしい。一人暮らしだと、朝食は駅前のどこかの店で済ますのが、毎日の習慣になっていた。
「よかった!」
無邪気に笑顔を向けられると、心が痛む。俺は、偽霊能力者で、自称詐欺師だ。まぶしい笑顔を向けられるような存在ではない。
「お母さん、黒井さん、僕の隣の部屋に住んでもらっていい?」
「イヤ、俺の隣の部屋を空けて、そこに住まわす」
兄弟が、顔は笑顔だが睨み合っている。
「そうねえ、黒井さんのお母さんと相談してみるね。私は、問題が起きないように、私たちの隣の部屋がいいかな」
誰を住まわすというのだ。しかも、問題って何だ。
「あの、俺、ちゃんと家ありますから…」
俺の言葉は全く無視され、兄弟と母親も笑顔のまま睨み合っていた。
「こんなに、ぐっすり眠れた夜なんて、今までに無かったのですよ」
御形の父親、厚焼き玉子を抓んでいた。服で手を拭かないでと、怒られている。
「本当。志信、遂に、本物を見つけてくれたのですね」
御形の母親が涙ぐむ。本物って一体何なのだ。この家族は一体何を考えているのか。
「ごちそうさまでした。俺、これから仕事なので行きます」
最初のコメントを投稿しよう!