第1章

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「あら、黒井さんに電話しときますね。志信、三連休でいいのね」  割烹着を着た和服姿の御形の母親は、あれこれ動き回りながらも返事をしてくる。 「母さん、助かる」  御形、ごはんに海苔を乗せて食べながら返事をする。 「なあ、母さん。この家、部屋が余っているよね」  これだけ広い家なのだから、部屋は余っているだろう。  御形の母親の料理は、プロ級にきれいでおいしかった。一穂がやってきて、ちょこんと座る。にっこり笑って俺を見る。一穂、どこか御形に雰囲気も似ている。それは、兄弟なのだから、当たり前かもしれないが。 「一穂、朝ご飯は何にする?」  御形が立ち上がり、一穂の朝食の準備を始める。メニューは同じだが、焼き魚の代わりに小さなハンバーグを出した。 「いただきます」  一穂、おっとりとしているというか、とても上品に食べる。一穂が食べる様を、御形が見守っていた。 「おいしいか?」  何度も一穂がうなずく。確かにおいしそうに食べるのを見ると、少し幸せな気分になれる。俺には弟が居なくて分からないが、かわいいものなのだろうか。 「黒井さん、ごはん、おいしい?」  一穂、俺に聞いてきた。俺は、突然話しかけられ、少し驚いた。 「おいしいよ」  嘘ではなく、とてもおいしい。一人暮らしだと、朝食は駅前のどこかの店で済ますのが、毎日の習慣になっていた。 「よかった!」  無邪気に笑顔を向けられると、心が痛む。俺は、偽霊能力者で、自称詐欺師だ。まぶしい笑顔を向けられるような存在ではない。 「お母さん、黒井さん、僕の隣の部屋に住んでもらっていい?」 「イヤ、俺の隣の部屋を空けて、そこに住まわす」  兄弟が、顔は笑顔だが睨み合っている。 「そうねえ、黒井さんのお母さんと相談してみるね。私は、問題が起きないように、私たちの隣の部屋がいいかな」  誰を住まわすというのだ。しかも、問題って何だ。 「あの、俺、ちゃんと家ありますから…」  俺の言葉は全く無視され、兄弟と母親も笑顔のまま睨み合っていた。 「こんなに、ぐっすり眠れた夜なんて、今までに無かったのですよ」  御形の父親、厚焼き玉子を抓んでいた。服で手を拭かないでと、怒られている。 「本当。志信、遂に、本物を見つけてくれたのですね」  御形の母親が涙ぐむ。本物って一体何なのだ。この家族は一体何を考えているのか。 「ごちそうさまでした。俺、これから仕事なので行きます」
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