第1章

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 小さいがおにぎりがおいしい。腹が減っているせいもあるが、いい塩加減だった。 「露天風呂、入るかな」  折角だから大浴場に入りたいが、俺の厄介な能力がある。水を媒介にして過去を見る。入っている人の過去を全て見てしまうのだ。これは、非常に疲れる。部屋の露天風呂で我慢するしかない。  服を脱ぎ捨て、露天風呂に入ってから気付いたが、襖が開いていると、丸見えだこれ。居間と、露天風呂で会話ができるようになっているらしい。  襖を締めようと立ち上がると、御形に邪魔された。 「黒井。俺の家に住めよ」  別に御形、こちらを向いている訳ではない。ただ会話がしたのかもしれない。 「俺、仕事の関係で深夜の帰宅も多いし。恭輔も来るし、今が便利なんだ」  いい湯だ。景色も抜群。川の流れも聞こえて、鳥の声も聞こえる。 「俺、夜中叫ぶらしい。多分霊障なんだと思う。一穂は黒井のおばあさんのお蔭で安定したが、夜中に息ができなくなる」  他に物置から声や歩く音がしたり、庭に見知らぬ人が立っていたりと。御形の両親、安眠できないのだそうだ。  俺は、俺の祖母の説明によると、自分が眠りたいがために、一時的に強力な結界のようなものを張るのだそうだ。何人も眠りの邪魔をするべからずという、人以外に対しての物凄く強い暗示もかかっているらしい。 「俺は、本物の霊能力者を探して、やっと見つけた」  そうか、御形は両親の安眠のために、俺を脅していたのか。でも、俺は偽霊能力者だ。 「時々は泊まってもいいけど」  事情があるのなら、仕方がない。 「俺は、黒井をしっかり手に入れたい。誰にも渡したくない」  御形がいつの間にか、露天風呂の横に居た。 「黒井が欲しい…」  俺は、小さな露天風呂の端へ逃げる。俺、男だぞ。この展開は何だ。  御形に腕を掴まれて、引き寄せられた。こんな時に、水を媒介にして御形の過去が見える。  走馬灯のように御形の人生が見える中で、俺は、御形に頭を強く抑えられ、唇を重ねられた。  幼い頃の御形。霊の話をして周囲から浮いていた。何かを悟ったように、霊の話はピタリと止め、その時から笑顔でやり過ごすようになった。御形の爽やかな笑顔は、俺の人と関わらないと同じ理由だ。霊が見えると、人に知られたくない、気味悪がられないための防御壁だった。
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