第1章

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 御形の手が、俺の背に回る。御形は、何て寂しい奴なのだ。沢山の友人が居ながら、誰にも素顔を見せていない。心から、友人を信じていないのだ。  御形の舌が、俺の唇を舐め、中へと入り込んできた。男とキスするのは御形が初めてで、キスされるという側も御形で初めてだ。舌の上を、御形の舌が滑る。御形の手が、湯の中に入った。 「ここまで!」  俺は、御形を振りほどき立ち上がると、風呂を出た。 「これ以上したら、俺はここから帰る」  俺は、ここで仕事をする。恋愛をする気はない。  六十年くらい前のこの季節、行方不明になった少女が居た筈だ。パソコンを手に、検索する。このパソコン、仕事上、色々なデータを完備していた。  この旅館の娘が一人、行方不明になっていた。この旅館の先代の女将は、行方不明になった後に生まれた次女だった。 「行方不明か…」  山狩りしたが、見つからなかった。貰ったばかりの鞠を、早朝に練習していた。親が目を離した、数分の出来事だった。 「死んだことに気付いていないのだな、きっと」  鞠の練習をする。行方不明になる。遊び相手を見つけたと。他の子どもも巻き込むのだ。多分、霊は寂しい。  調べものが終わると、腹が減っていることに気が付いた。時計を見ると、もう夕食の時間になっている。 「御形!夕飯!」  御形は露天風呂をじっと見つめていた。俺の声に反応すると、素早く立ち上がり支度を始めた。  この旅館は、宿泊者のための食事処を用意していた。部屋食もいいが、揚げたての天ぷら等、その場で食べることが一番おいしい食事もある。  食事処に行ってみると、全て半個室になっていた。テーブルもあるが、畳の間も用意されていた。畳の間の窓の下には、川が流れている。 「畳の間が宜しいですか?」 「テーブルでいいです」  老夫婦が多い。どこも、のんびりと寛いで余裕のある表情をしていた。 「ここ落ち武者伝説もあるからな」  川辺には多分、落ち武者が居るのだろう。窓を見たくないという、御形の気持ちは分かる。 「本当に霊は全く見えないのか?」  霊能力者としては、致命的な欠品だ。占い師の姉でさえ、霊は見える。 「霊感はゼロだ。占い師の姉に鍛えられて、顔の表情や仕草、行動から思考を読む。で、どうにか見ているフリで誤魔化してきた」  どうしょうもない時は、俺にも見えるように実体化した。 「そうか大変だったな」
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