第1章

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 御形の過去を見てしまっただけに、俺は大変だったなどとは決して言えない。  料理はどれもおいしいが、昼が小さなおにぎりだけだったせいか、足りない。追加しようにも、ここは追加の料理は事前予約なのだそうだ。 「ごはんはおかわり出来るのか?」  ごはんだけは、おかわりできた。ごはんに天ぷら用の塩を掛けて食べていたら、憐れと思ったのか料理長が、そっとおでんを出してくれた。 「おいしい!」 「今日のまかない料理ですけどね」  すごくおいしいおでんだった。このおでんのお蔭で、すごくやる気が出てきた。 「…なあ…黒井。お前、俺の事が嫌いなのか?」  嫌いなのかもしれないが、だんだん慣れてきた。 「嫌いだけど、慣れた」  御形が、明らかにがっくりと落ち込んでしまった。嫌いと言われることに、多分、慣れていないのだ。 「脅したり、強引だったり。俺にいいことはしていないだろ」  そうか!とばかりに、御形が顔を上げた。 「大切にしてもいいか?」  この問いにどう答えればいいというのだ。 「俺が何とかするよ。御形の家の霊障。だけど、俺には係らないで欲しい。俺は、胡散臭い霊能力者の一族で、蔑まれたことしかない。優しくされて、やっぱりダメだったとなると、倍以上辛いから」  これが多分、俺の本音だ。 「黒井を大切にしてはダメなのか?やっぱり俺は、誰も信じないで生きてゆくのか?」  俺に、係ってはダメなのだ。ただ、それだけだ。 「御形を取り巻く友人を、少しだけ信じればいい。それできっと変わる」  満腹になり、やる気も出てきたので、旅館の中を探索した。平屋だが、敷地面積が広い。どの部屋からも、他の部屋が見えないように工夫されていて、庭にも出られる、露天風呂も各部屋にあるようだった。  でも、離れが一番古い建物だった。多分だが、この部屋にはあまり客を入れていなかったのだ。この季節は特に。手鞠歌が聞こえてしまうのは、多分ロビーと離れだろう。 「あっでも…」  俺が離れに居る限り、俺が眠っている時は自動的に安全地帯になる。  少女には、無理やり実体化してもらうしかないのかもしれない。  離れに戻ると、御形が仲居と楽しそうに話していた。俺は邪魔しないように、そっと自分の鞄に手を伸ばすと、灰の瓶を手に取った。
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