第1章

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 霊は見えないが、鞠がロビーに何度も戻るということは、鞠の転がった先に少女は居た筈だ。ロビーから外に出ると、ポツリポツリと灯りが付いているが、かなり暗かった。  ロビーの外見からすると、最近建て直されたようだ。六十年前からあるものは何だと、探すと、小さな碑があった。俳句のようなものが刻まれていた。  石に手を当てて、目を閉じてみる。石が転がる道路、砂利の道にボンネットバスのような車が走る。ここは昔、道だった。  灰をほんの少し飛ばしてみると、出迎える従業員達が、幾人も頭を下げて立っていた。  微かにボールの弾む音と、女の子の声が聞こえてきた。霊感のない俺に聞こえるということは、誰にでも聞こえる類のものだ。音を追いかけてゆくと、離れの横辺りで、赤い服が僅かに見えた気がした。  灰を飛ばし、実体化すると、鞠をつく少女が立っていた。 「君は誰」  名乗っているようだが、聞こえなかった。 「相澤はな、と、言った」  息を切らせて、御形が後ろに立っていた。 「手鞠歌が聞こえたと思ったら、黒井がどこにも居なかった」  御形の更に後ろから、キャーという悲鳴が聞こえている。女将も御形に付いて来ていたらしい。 「どうして、ここに居るの?」  少女はおかっぱ頭の、とても可愛い少女だった。色は白く、唇が妙に赤い。 「母に会いたい、そうだ」  御形が俺の隣に並んだ。 「光の先に行けば、母に会えるよ」  少女が首を振る。離れの下を指差して泣いている。 「離れることができないそうだ」  離れの下に、多分、自分の骨が埋まっているのだ。 「骨を埋葬してみるか?」  どうやったら、少女が光の先に行けるのか分からないが、やれる事はやってみよう。  御形に話しかけたつもりだったが、女将がうなずいていた。 「やってみましょう」  目的を持つと人は強いと思う。子供のことになると、女性は強い。女将は、霊に怖がっていた女将ではなく、子供の霊を助けたい女性となっていた。  離れではなく、他の部屋を用意すると言う女将の申し出を断り、離れで川を見ていた。  いや川を見張っていた。  先ほど灰を飛ばした時に、風向きが悪かったらしく、川の方に流れてしまったのだ。落ち武者が、川の横を徘徊している。 「これが見えていると怖いな」  御形に僅かに同情する。 「黒井、黙って、どっかに行くな」  座っていたイスごと、後ろから御形に抱きしめられていた。
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