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落ち武者の亡者は、川からは離れられないようだ。灰の威力は弱かったので、朝までには消えるだろう。
「どこにも居なくて、本気で心配した」
いつも一人で動いていたので、配慮が足りなかったのかもしれない。
「ごめん」
振り向いた途端に、御形に唇を塞がれていた。でも、唇はすぐに解放される。御形は、じっと俺を抱きしめていた。
「…御…形…?」
指が絡まり、イスに押さえ付けられた。ゆっくりと、また、唇が重ねられ、キスされる。目を閉じると、触れられている唇の感触がリアルになる。思っていたよりも、唇は柔らかい、そして強い。
「黒井、好きだ」
御形に抱きあげられ、運ばれていた。
第四章 朝を待つ月
御形に運ばれている?どこに?布団に降ろされ、途端に目が覚めた。
眠かったのだ、で、つい流された。
「御形…」
俺は、並んで敷かれていた布団の一つを丸めて担いだ。
「俺は居間で眠る。御形はここだ!」
俺は、男とどうにかなるつもりはない。ただでさえ、普通と異なる家庭に生まれて、嫌な思いをしたのだから、恋愛は普通に地味に確実にしたい。
しかし、眠い。居間に布団を敷き、転がるなり眠っていた。
半覚醒の状態で、薄っすらと目を開くとまだ暗かった。手鞠歌が聞こえる。
しまった、朝だ、と、飛び起きる。まだ日の出前のようだが、この時間に少女は俺の結界内から離れ、ロビーの前へと現れるのだ。俺は、身支度を整えると、ロビーに向かい走っていた。
手鞠を付く少女。赤い着物に、赤い鼻緒の草履。昨日、灰を掛けてしまっていたせいで、俺にもしっかり見える。
俺に見えるということは、誰にでも見える。恐る恐る周囲を見ると、ジーンズに長靴の女将がスコップを持って立っていた。
「はなちゃん、待っていてね、必ず見つけてあげるからね」
母の強さ全開になっていた。少女は、女将に向かってにっこりと笑った。物凄く可愛い笑顔だった。微塵の疑いもなく、相手を信じている笑顔だ。
「はなちゃん、どこに居るの?」
少女が離れの下を指差す。俺は、水の入ったペットボトルを握り締める。
鞠が転がり追いかける、そこに、バスがやってきた。バスの運転手は、少女に気付かず通り過ぎる。少女は車に弾かれて、斜面を落ちていった。離れを建てるために資材が積まれていた。植木を追加するために掘られた穴に、少女は落ち、スッポリ埋まってしまった。
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