第1章

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「一穂、元気か?」  一穂の名前に反応して、御形の表情が更に曇った。 「親に言うなと口止めされていたけど、黒井が張ってくれた結界、破られた」  俺が結界を張ったと、気付いていたのか。 「誰に?」  単純な結界だからこそ、時間の経過により弱まりこそすれ、破られるということはない。 「母の弟」  どう破ったのか気になった。 「今日は急で行けないけど、近いうちに様子を見に行く」  そう御形に言い残すと、来た電車に乗った。反対方向だというのに、御形も電車に乗り込んできた。 「頼む、携帯番号教えて。それで、どうしょうもなかったら呼んでもいいか?」  御形、結構、切羽詰っているということか。 「分かった。俺、一旦帰るけど、事情を説明して御形の家に向かうよ」  御形、次の駅で降りてくれた。ホームに残された御形が、電車を見送っている。その寂しげな姿が、俺の頭から離れなかった。  農家レストランに付くと、事情を説明し、最近使っていなかった道具を揃える。出かけようとしたとき、奥で親子喧嘩していた蓮が走り出してきた。 「俺も御形さんの寺に行く」  車に乗せてくれるのはいいが、凄く荒い運転だった。ジューサーにでも入っている気分になった。 「親父、母さんとはよりを戻さないつもりらしい」  そっちの喧嘩だったのか。 「兄貴も姉貴も、親父のレストランをバカにして近寄らないし、親父のせいで家族が崩壊だよ」  一緒に住むから分かるというものもあり、俺も春日の家の事情には詳しくなった。正確に言うと、春日の両親は、残された人生お互い好きなことをやろうと、夫婦が別居に踏み切っただけで、離婚という話は出ていない。本当に互いに好きなことを、やっている。  連は、案外、自分の父親を尊敬しているのだ。だから、こうやって怒ったり、泣いたりする。 「いい奴だな、蓮」  褒められると真っ赤になる蓮。  御形の家に着くと、確かに結界が変に捩じれていた。初めて目にする現象で、蓮も携帯を片手に、父に相談している。  捩じれている、この言葉以外に該当するものが見つからない。ゴムを限界にまで捩じったように、回されて、更に回されたような状態だった。 「台風みたいな人間が来ると、稀に結界がこんな感じになるのだそうだ」  結界を外すと、一旦取り込み、今度は幾方向から張り直した。 「台風に耐えられるかな?」
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