第1章

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 泣きそうなおばあさんの顔。これでは、新田も同情するだろう。 「ごめんなさいね、中でお茶でも飲んでいってね」  おばあさんは、植木鉢を直して笑いかけてきた。  俺は、霊能力が全くない。物理的に、植木鉢をひっくり返してくれたので、何かあるとは思うが、俺は全く霊が見えないし、聞こえてもいない。  これで、よく霊能力者が出来るとは思うが、実際やっているのだから、それはそれで、どうにかはしている。  庭を走り回る、小さなもの。この庭を、おばあさんと同じくらい慈しんでいるもの。地面の一角に、何も植えられていない箇所があった。 「健吾、犬ですか?」  おばあさんが、驚いて俺を見た。 「そうよ!」  これはただの感だけで、何の能力でもない。 「犬、走っているからな…」  御形?もしかして、と、御形の視線の先を追ってみる。御形、多分見えている。それなら話が早い、俺はポケットから小瓶を取り出すと、手の上に中身を少し出した。ただの砂のようにも見えるが、これは灰だ。  灰を、御形の視線の先に飛ばしてみる。灰は、何かの形になり、やがて半透明の犬へと姿を変えた。  こうなれば、たとえ霊であっても、俺が見えるようになる。小型犬だ、激しく尻尾を振って喜んでいる。  植木鉢をひっくり返して、庭中を走り回る。 「家の鍵だそうです」  御形が呟く。 「家の鍵は、植木鉢の下に隠したよ、と」  御形、犬の言葉が分かるのか?犬が、御形に翻訳してもらえて嬉しいのか、くるくる回って懐いている。 「えっ、そうね」  おばあさんは、足早に玄関へ行き、玄関横の大きな植木鉢を両手で移動した。下に、鍵が隠れていた。 「そうね…そうね。私が鍵を隠した場所を忘れると、健吾がいつも探してくれた…」  おばあさんが、鍵を握り締めて、大粒の涙を落とす。  でも、犬よ。そうして、主人の傍に居てはいけないのだ。霊は、所詮、生きている存在ではない。霊は霊を呼ぶ。死は死を呼ぶのだ。 「健吾。もういいな…」  灰は灰に戻る。俺には見えないが、犬は、光の先へと走っていったはずだ。 「新田、用事が済んだから、俺は帰る」  長居は無用だ。ここで、あっさり引き下がらないと、トリックだの詐欺だのと罵られる場合もある。 「ありがとう、黒井」  礼を言われると、ちょっと嬉しい。
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