第1章

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「他の日は空いているの、金曜の夜とか」 「金曜の夜は、十一時まで仕事」   母当ての依頼の、手伝いをする予定になっている。 「じゃあ金曜の十一時以降でいい。泊めてやるから」  そんな夜に伺うような、親しい関係ではない。しかも、仕事後の疲れた状態で、疲れる相手と会いたくない。 「土曜日がダメならば、又考える。金曜日は断る」  ふいに御形が立ち止まったが、俺は構わず歩き続けた。あと少しで駅だ。小さな駅だが、この時間は帰宅の学生が多く居る。駅前のコンビニの横を抜けると、駅への階段がある。 「土曜日の朝六時で妥協する」  御形が、携帯を手にやって来た。 「俺、朝苦手」  御形の家に六時に行くには、五時には家を出なければならない。逆算してゆくと、睡眠不足になりそうだった。 「それか、金曜日だ。二択だ」  強引だろう、御形。文句を言いかけたが、御形の真剣な表情にちょっと驚いた。 「金曜日に行く、泊まらない」  土曜日の、朝起きるのは無理だ。 「分かった、携帯番号教えて」  携帯番号。学校の誰にも教えたことはない。 「断る。俺は仕事用の携帯しか持っていない。御形の携帯番号を教えてくれ。こっちから掛ける」  御形、非常に不機嫌だったが、携帯番号をメモに書き渡してくれた。  何故、学校のアイドルの御形が、俺に興味を持ったのか分からないが、非常に迷惑だった。俺は、高校を卒業したら、遠くの大学に進む、誰も俺の家族のことを知らない世界で、限りなく普通の生活をしたい。出来ることなら農家になり、毎日自然を見ていたい。密やかな夢だ。間違っても霊能力者にはならない。  金曜日、母の元でバイトを終了させると、足早に御形の家に向かう。  俺は、基本的には一人暮らしをしている。母のもと、つまり実家に住んでいるわけではない。なので、仕事が終わり急いで家を出ても、誰も気にとめない。  実家には、祖母や母の元で修業している人が何人かいて、とても普通に生活できる状況ではない。父もそのことは感じているらしく、高校に入学を機に、一人暮らしをすることを認めてくれた。  バイクのナビに御形の家をセットすると、通りに出た。無免許ではない、学校の許可を得てちゃんと免許を持っている。通学困難者みたいな名目で申請したら、免許の許可が通ったのだ。実家が、ちょっとした山の上にあったのが幸いしたらしい。
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