第1章

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   可愛いヘタレ男の育て方  ― リオ ― ここは新宿二丁目 『白芥子』。 所在地からも判るとおり、ある嗜好の男たちが集まる人気のバーだ。 昔、歌舞伎町で伝説のホストとまでいわれたマスターの経営するこの店は、ゲイの社交場というイメージは微塵も感じさせず、モダン・スタイリッシュな店内と質の高い音楽を聞かせることで人気をはくし、平・休日問わず、根強いファンで混み合っていた。 とは言っても日本を代表するハッテン場の真ん中だ。ここに店を出しているからにはそういった目的の客も数多くいる。 だが不思議と皆マスターの顔を立て、店内でのオイタは暗黙の了解で御法度となっていた。 「アキのピアノ。なんか今日、泣いてる…?」 この店自慢のグランドピアノ。アンティークの逸品でもあるそれを奏でる専属ピアニストの腕の良さに、最近ノンケの客が増えたと、常連客の一人である遠山理央(とおやま りおう)は確信していた。 なぜノンケが増えた確信があるのかと言えば、理央は一緒に暮らす恋人がいるにも関わらず、よくこの店に一夜のお相手を探しに来ることが多いからだ。 理知的な顔立ちに個性的な小さなメガネ。昔から数学がめっぽう得意で今じゃ大手企業の本社経理に籍を置き、9桁の手形を切ることも日常茶飯事だ。物事の白黒をはっきりさせたがる性格で、無能な上司には少々煙たがられていることも判っている。本人曰く、小柄で色白。尚且つ神田淡路町で三代続いた生粋の江戸っ子であることだけが、唯一チャーミングポイントと言えるところだった。 理央は日々の鬱憤を晴らすため、もしくはただの楽しみとして、ここで一夜の恋人を見繕い、近くのホテルへと移動する。気が合えばまた会うこともあるだろうし、気が合った相手とでもその気にならなければそれっきりだ。 『気難しいヤツだな。』 その一言で終わった関係は数知れない。 そんな彼が唯一、性的交友のない友として認めたのが、この店のピアニスト。楠木暁良(くすのき あきら)。 通称、アキ。だ。 「アキ。なんかあったのかな…。」 華奢な体のラインを強調するタイトなスーツに身を包み、カウンターに頬杖ついてジンライムを舐める。カウンターの向こうで氷を削るマスターは、涼しい顔して理央の独り言を受け流していた。
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