第1章

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    可愛いヘタレ男の育て方  ― 出会い ― [日本で一年間に売れる鍋の個数を答えなさい。] (鍋の個数~?) ここはとある大手メーカーの入社試験場。 とにかく大手企業に就職したかった遠山理央(とおやま りおう)は、いままさにその試験の真最中であった。 一問目の突飛な出題につっこみを入れつつも、頭の中ではいくつもの数字がくるくると回っていた。 鍋を家庭用、業務用と考えるとややこしくなると思い、理央はまず日本の人口を男性と女性に分け、一生のうち男性の十倍女性は鍋を買うと仮説をたてた。 (俺なら一生のうちに5個は買うかな。) 男性が一生に5個買うとすれば女性は50個だ。そこに平均寿命80年と日本人口一億数千万を掛けたり割ったりすれば一年間の個数が算出できる。 (ま。こんなもんかな。) 答案用紙に仮説と答えを書き込み、お気に入りのキャラクターがプリントされたシャープペンシルを細い指先でクルリと回した。見るからに器用そうなその指先で小さなメタルフレームの中央を押し上げると、この先の問題を一通り眺めてみる。一問目ほど突飛ではないものの、どの問題もひねりをきかせたちょっと意地の悪い問題ばかりだ。 最近の入社試験は個人の考える力を見抜くための出題が多いと聞いていたが、なるほど。こういうことかと理央は小さく頷いた。 (おちゃのこさいさい。ってね。) 元々数学が好きで、特に謎解きのようなこの手の応用問題を得意とする理央に、余裕のおどけた表情が浮かぶ。とは言っても今は試験中なので引き結んだ口の片方を引き上げ、眉を軽く上げる程度だが。 ――そんな理央だったが、次々と問題を片付けていくうちに、まるで潮が引いていくかのようにやる気を無くしてしまっていた。 (この会社。そんなに人材に困ってんのか?) 即戦力。一から百ではなく、ゼロから一を生み出す能力。それが、咽から手が出るほど欲しいという企業側の悲鳴が、この問題用紙に書いてあるような気がしてならないのだ。 大手企業に就職し、経理の仕事に就きたいと望んでいる理央だが、身を絞られるような働き方はノーサンキューだ。 (この会社はナシかな…。) そう思ってしまえばテストの続きなどどうでもよく、理央は朝から気になっていた人物の背中を見つめた。 (やっぱ…、良いカラダしてるよな~コイツ。)
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