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「俺もそう思う。でもあいつってなんかこう掴みどころなくって押せないっつーか。そのくせモノ言いたげに俺のことじっと見るときがあるからつい…待っちゃうっつーか。」
「…天然かなぁ。マサさん。」
「…たぶん。」
純朴なくせに天然の色悪。たちの悪いことこの上ない。
「でも結局俺が惚れちゃってるからさ。しょうがないワケよ。」
柄にもなく乙女な自分に、自分自身が戸惑っていたのだと、なにかと誤魔化しがちな理央だが、当時の心境を、唯一親友と呼べるアキにだけは素直に話せていた。
優しく頷いて「惚れちゃったらしょうがないよね」と言うアキも、その乙女な気持ちに覚えがあるのだろう。
「マサさんはコッチのひとなの?」
「あー…なんか。それも自分じゃわかってなかったみたいで、いままで彼女とエッチしようとすると萎えちゃう自分に傷ついてたみたいよ?」
「珍しい…よね。自覚ないって。」
「自覚したくない奴等は山ほどいるけどな、マサみたいに天然なのって聞いたことないよ。」
うんうん。と頷いて、細い水色ボーダーが可愛い長袖Tシャツの袖をまくりながら、ジーンズ姿のアキがピアノへと移動する。開店時間になるとタキシードに着替えるのだが、理央はこの準備時間中のラフなアキが気に入っていた。ピアノの準備が終わると、間もなく指慣らしの旋律がゆっくりと始まる。
リオはその音を刻むアキの長い指先を眺めながら、先ほど話題にでていた頃のことを思い出していた。
あの年は今年と違い残暑のキツイ秋で、理央にとって忘れられない季節でもあった。
※ ※ ※
大学を卒業し、某大手メーカーに入社してから半年。月に二回以上のペースでマサはリオを飲みに誘った。
語学が堪能なところを買われ、商社の海外部門の営業マンになったマサは、平日から会食などで飲む機会が多いのだが、どうやらそのストレスを友人との飲みで解消しているようだった。
そんな矢先。
「俺。リオとしたい。」
「ん? 何を?」
「セックス。」
「バッ。」
バカ野郎!と小声で叱咤し、酔ったマサの口を手で塞ぐ。場所が場所なら「ああ。いいよ。」と言えるのだが、今は場所が場所だけにこの酔っ払いを大人しくさせねばならなかった。
いままでまったくセクシャルなことを感じさせなかったくせに、なんだって急に新橋のしょぼくれた居酒屋なんかでそんなことを言い出すのか。
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