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困惑したマサの表情に、理央はため息をついた。
(そんなの。ただの…欲情かもしんねーじゃん。)
ちゃんとした恋愛経験が無いだけに、理央にはそう思えてならなかった。自然と足元に視線が落ち、磨かれた黒い革靴の先を眺めて歩く。
「俺、なんかリオのこと傷つけた?」
「…そんなことないよ。」
歩いている住宅地は意外と線路が近いのか、遠ざかる電車の音がいつまでも理央の耳に響いていた。
「マサ、結構良いトコ住んでんじゃん。」
「そう? 一応会社の社宅なんだよ。本当は連れ込み禁止なんだけどね。だから騒いじゃだめだよリオ。」
「なんで俺が騒ぐんだよっ。」
「しっ。…意外と壁薄いから。ついでに隣が上司ん家。」
マサが入り口側の壁を親指で指差して、もう一方の人差し指を唇の前に立てる。
「…スリリングだな。」
理央は肩を竦めて、声を落とした。
適度に散らかって、適度に片付けられた部屋。若い男の暮らす日常が、かいま見えるようだった。
「へぇ? マサ料理すんだ?」
「うん。わりと好きだよ。それに会社では外食が多いから家ではちゃんとしたモン食べたくて。」
「なるほどねぇ。」
シンクの水切りに置かれた食器と鍋。フライパンに菜箸。
部屋の散らかり様とは違ってそこだけはキレイに整えられていた。
「これ、ウエットスーツ?」
壁に吊るされたダークグレイのウエットスーツは、長袖のものと半袖のものが並んでいた。
「うん。俺、ガキの頃から波乗りやってて。…って言っても高校入ったころからだけど。…その半袖のがスプリング。隣の長袖のがロンスリって言うんだ。まだロンスリは早いんだけどね、準備しておけば急に水温が低くなっても平気だから。このほかに季節に合わせて5種類あるんだよ、ウエット。ウエットスーツって結構高くてさ、ガキのころはフルスーツとかセミドライっていう冬用のがまだ買えなくて、春になるのが待ち遠しかったんだ。」
「やっぱりなー。なんかアウトドアなスポーツやってるとは思ってた。でもウエットスーツにそんな種類があるとは知らなかったな。」
「自然相手のスポーツだからね、結構ハードだよ。」
「だろうな、溺れたら終わりだし。」
「波乗りのために普通に水泳もやってる。天気によって毎週海に行けるとは限らないし、でも体力と筋力は維持したいからね。俺、地元の市民プールで年に一度の水泳大会に出て入賞したりもしてるんだよ。」
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