第1章

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 「……そ、それだけ?」  「え?」  「いや、月が上っていることは、さっきから気が付いていたし……。何か、続きは無いの?」  「あ、うん、あるけれど……」  小由利はすっと視線を逸らした。  「ただ、言ったら笑われるかなと思って……」  「小由利の言う事を、俺が?」  「うん……」  俺は、“ちっちっち”と指を振った。  「甘いですな。オレを笑かすには五段くらいの腕前が必要だぜ」  「……五段?」  「そう。五段」  「…………」  小由利は首を傾げると、強いて『冗談だったんだろう』と納得してような笑みを浮かべた。  「で?」  オレは話しの先をせっつく。  「うん……。そのね。お月様って、ほんとにウサギが居ると思う?」  「……ふわ?」  思わず、妙な声を出してしまった。  「ウサギ? あんまり寂しいと死んでしまうという、あのヤワな動物?」  「死ぬかどうかは知らないけれど……」  「いや、あの生き物には月面は耐えられないと思うぞ」  「耐えられないかな……?」  小由利はほんとに切なそうな顔をした。  「強化ウサギなら耐えられるかもな」  「強化ウサギ?」  「身体のおよそ95パーセントが機械だ」  「……既に、ウサギじゃ無いと思う」  「まあ、三段くらいには面白かったよ」  「前に咲ちゃんに言ったら……笑われちゃって。そんなこと誰も信じて無いって……」  「まあ……なあ……」  太陽光を身にまとった、地球唯一の衛星を見上げる。  「だって、それって結局おとぎ話だろ?」  「そうだけど……。でも、例えばトロイの遺跡の例とかがあるし……」  「トロイの遺跡って?」  小由利によると、トロイってのはずっとフィクションあるいは伝説と信じられていた都市だそうだ。それを、ドイツのシュリーマンとかいう人が発見したらしい。  伝説とおとぎ話。まあ、似たようなもんと言えば、似たようなもんかも……。  「小由利はどうなんだ? ウサギが居ると思ってるの?」  「居たら嬉しいな……と思う」  「寂しい末路の死体が見つかって、嬉しいかぁ?」  「死体は嫌だよ……」  小由利は情けない顔をした。  「じゃあ、何で?」  「だって、夢があるから……」  「夢か……。でも、もし本当に見つけたら、その瞬間に夢じゃ無くなるぞ」  「あ……そうか」  ちょっと深刻な顔をする。
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